第10話 港都ミナルディと商船団2
「ここで降ろしてもらって大丈夫です。今日までありがとうございました」
「こちらこそ道中手伝ってもらって助かったよ。しばらくは仕入れの関係で商人ギルドに滞在する予定だ。何かあれば気軽に声をかけてくれ」
港都【ミナルディ】の入り口で馬車から降りたジンたちに、行商人はそう言って手を振ると、馬を歩かせその場を後にした。
「ん〜、やっと着いたね~。も〜全身が凝り固まってるよ~」
窮屈な荷台で長い時間を過ごしていたからか、シュリは両腕を上げてほぐすように身体を伸ばす。
ジンもそれにつられて身体を伸ばすが、意識はずっと見慣れない街並みに向いているようだった。
白い壁と朱色の屋根で彩られた街並みや、街路樹の植えられた石畳の道。
王国とは比べ物にならないほど頻繁に馬車が往来し、そのほとんどが人ではなく荷物を運ぶ荷馬車だ。
様々な国の船が出入りするからか、異国の格好をした人々が自然と街の風景に溶け込んでいる。
海から届く風は少し湿っぽく、潮の香りが鼻腔をくすぐった。
港都【ミナルディ】の日常を目の当たりにして、ジンは小動物のような仕草でキョロキョロと辺りを見渡す。
完全にお上りさんであった。
そんなジンの様子にエルキスは苦笑を浮かべつつ、彼の肩をポンポンと叩いて現実へと呼び戻す。
「ジン。初めての土地で見るもの全てが物珍しいのは分かるが、今日はとりあえず冒険者ギルドに行くぞ。パーティーを組むんだからな」
「────ハッ!? そ、そうだったね! ダンジョンに行くにも依頼を受けるにも、まずは冒険者ギルドに行かなきゃ始まらないからね!!」
エルキスの言葉に我に返ったジンは、自身が何のために遠路はるばる旅をしてきたのかを思い出し、あわてて姿勢を正す。
「ふぅ、ジンが観光客じゃなくて冒険者だってことを思い出してくれて助かったぜ」
「ジンちゃんったらお茶目なんだから。観光はここでの生活が落ち着いたら一緒にしようね」
わざとらしく額を拭う仕草をするエルキスと、口元に手を当てて笑みを零すシュリ。
ジンはお上りさんになっていることを二人にからかわれている理解して顔を真っ赤にする────が、すぐに冷静さを取り戻す。
そう、ここで感情に身を委ねて頬を膨らませるからいけないのだ。
ムキにならないことが一番であると、彼はかつての戦友から嫌と言うほど学んでいる。
「……それじゃあ、まだ陽が高いし、さっそく冒険者ギルドに行こう。パーティー申請がすぐに終われば、どんな依頼があるかを見る時間も出来るからね」
気を取り直すと、二人を先導するようにジンは意気揚々と歩き出した。
そんな彼の後ろ姿にエルキスは苦笑し、シュリは微笑を浮かべてその後についてゆく。
「ふふ、前よりからかい甲斐がなくなっちゃったけど、やっぱりジンちゃんはかわいいね」
「まあ、からかいたく気持ちはわかるが、お互い程々しておこうぜ」
そんな背後の二人の様子に気付いていないジンは、歩きながら王都で予め用意しておいたミナルディの簡易マップをバッグから取り出す。
折り畳まれた地図を広げ、目的地である『冒険者ギルド・ミナルディ支局』を指差しながら振り返る。
「この地図を見る限りだと、ここからまっすぐ海の方に向かって、沿岸部に沿っていった方が近そうだね」
「どれどれ……ああ、それが良さそうだ。それに、沿岸沿いなら帝国の探検家ギルドご自慢の戦艦も近くで拝めそうだな」
地図を覗き込んだエルキスはそう言ってから視線を海の方へと向けた。
その眼差しは観光者のそれではなく、ダンジョンへ挑む冒険者の光が宿っている。
その様子にジンは少し違和感を抱くが、シュリの元気な声にその思考はすぐに霧散した。
「ハイハーイ! 質問です! さっきも気になってたんだけど、どうして帝国は『探検家』なの? 王国の『冒険者』とは何か違いがあるの?」
シュリの素朴な疑問に対してエルキスは少し考えるように顎に手を当てるが、小さく肩をすくめると二人の背を押して歩くように促す。
「ま、その辺はそれぞれ積み重ねてきた歴史がある。今度メシでも食いながら話してやるから、とりあえず今は冒険者ギルドに行こうぜ」
「あ、もう、ちょっと、もったいぶらなくてもいいじゃない。ジンちゃんも笑って誤魔化さないでよ」
歩き出しながらもシュリは少しだけ不満そうに唇を尖らせるが、そんな二人の様子にジンは苦笑を浮かべるに留める。
実際エルキスの言う通りで、王国の『冒険者』と帝国の『探検家』は似て非なる存在。
その生い立ちから今日に至るまで、それぞれの歩みがあり、そしてある一点においては明確な違いがあった。
冒険者の中でも比較的勤勉なジンはそれを知っているからこそ、エルキスに同意して口を噤む。
「ふーんだ。いいも〜ん。私だって商売人の端くれですから〜。そのうち勝手に調べますぅ〜」
「まあ、意地悪しているわけじゃないから。ただ、彼らとは立場の違う僕らの口からは、少し話しにくいんだ。それだけだから」
拗ねたように肩を強張らせるシュリを宥めるように言いながら、ジンは頬を指先で掻く。
彼女はその様子に悪意がないと理解したのか、小さく息をつくと、思考を切り替えるように微笑を浮かべる。
「な〜んてね、冗談冗談。本気で怒ってないからね。困り顔のジンちゃんの可愛さに免じて許してあげる」
「はいはい、そう言うのはもういいから。とりあえず機嫌を損ねてないようでなによりだよ」
三人がそんな風に会話をしながら歩いていると、やがて潮の香りが一層濃くなる。
風のリズムに乗って海鳥の歌声が奏でられ、小波で軋む船の音色がリードすると、大量の荷物を扱う水夫たちの怒声にも似た掛け声が合唱となって響き渡る。
ミーユ湾を望むミナルディの港は、そうした海と共に生きる者たちの活気で満ち溢れていた。
「わぁ、ものすごく賑やかだね。王都も国中から色んな人達が集まって活気があるけど、ミナルディには王都とは違った風情があるね」
「うんうん。王都は洗練された街って感じだけど、ここは力強い街って感じだね〜。甲乙つけがたいかも〜」
「王都に国中の人間が集まってるのなら、港都には世界中の人間が集まっている。それぞれの魅力があるよな」
それぞれが港都ミナルディに対する感想を口にしつつ、港都ならではの光景を眺めながら沿岸沿いの道を歩いていると、三人の視線は同じ場所に釘付けになる。
しかし、それはジンたち三人だけに限った話ではない。誰もが一度は足を止めて、真っ青な水面に浮かぶ一隻の存在に目を奪われる。
「やっぱり迫力あるね、あの船」
「ああ。正真正銘の戦艦だからな。拝む分にはいいが、敵にはなってほしくないな」
ジンとエルキスは、そういって生唾を嚥下する。
ミーユ湾に各国の船が往来する中、ひときわ目立つのは沖に停泊している帝国の商船団。
その中でも皆が一様に熱視線を注ぐのは、どこまでも真っ黒で、そして巨大な帆船。
帝国探検家ギルドの旗艦であり、一等艦でもある【モンスノーア】。
数多の帝国旗を掲げる商船を見守るように聳えるその姿は、まさに『黒い山』といった風情だった。
だが、やはりその佇まいは平和なこの場においてどこか異質であり、ジンはエルキスが気にかけている気持ちをなんとなく肌で感じるのだった。




