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第20話 アフィンのオススメの店



 冒険者ギルドから出たジンは、ようやく依頼達成の実感が湧いたのか、人心地がついたようにため息を吐いて肩の力を抜いた。


 少し肌寒い風が吹き、ローブのフードを捲り上げて亜麻色の髪を揺らすと、気持ちよさそうに金色の瞳を細める。


 依頼の達成と多めの報酬も嬉しかったが、パーテイーの荷物としてではなく仲間としてダンジョンに潜った時間は、ジンに充実感と心地の良い疲労感をもたらしていた。


 すっかり陽の落ちた王都は煌々と輝く街灯と夜の喧騒に包まれているが、昨夜と違ってその光景をじっくりと眺めることのできる余裕が今のジンにはあった。


「なんか嬉しそうだね、先輩」

「そりゃあね。依頼達成できて嬉しくない冒険者なんていないよ。アフィンだって嬉しいでしょ?」


 爽やかな笑みを湛えながら問うアフィンに、ジンはそう言って見上げる。


 アフィンは小さく頷くと、王都の外に視線を向けて遠くを見つめた。


「もちろんさ。でも、僕はジン先輩とダンジョンに潜れて楽しかったって気持ちの方が大きいかな。だから先輩が嬉しそうにしていると、僕も嬉しい気持ちになるよ」

「よくそんな歯の浮くセリフを息するように言えるね」


 アフィンの素直な言葉にジンは気恥ずかしい思いをしつつも、後輩が冒険を楽しんでくれていたことに表情を和らげる。


「僕はいつだって本音しか言わないからね。今だって、ジン先輩の可愛い顔がじっくり見れてハッピーだし」

「あ……いや、もう、なんか、今日はいいや」


 アフィンに揶揄われてから気付くも、ジンはフードを被り直さなかった。


「今は少しだけ、王都の風と喧騒を直接肌で感じていたい気分だから……」


 そんな風に冒険の余韻に浸るジンだったが、アフィンは指を鳴らして空気を変えると、硬貨の詰まった麻袋を取り出してプラプラと揺らす。


「ジン先輩、感慨に耽るのも良いけどさ、せっかく追加報酬も手に入ったんだし、締めくくりに晩御飯を食べに行こうよ」


 アフィンの提案にジンは逡巡する。


 冒険後の食事は冒険者にとって生活の一部のようなものだ。


 王都で働く人々が週末に酒場へ集うように、冒険者たちはギルド報告を終えたら酒場へ集う。


 依頼を達成したなら喜んで飲んで騒ぎ、依頼に失敗したなら愚痴って飲んで騒ぐ。


 ジンのように年若い冒険者も珍しくはないし、酒が飲めずとも食事と果実水くらいなら提供してくれる。


 そうして飲食を共にして互いを労い、慰撫し、鼓舞し、時には衝突し、そして次の冒険への英気を養うのが習慣と化しているのだ。

 

 ただ、ジンは【レックレス】ではお荷物扱いだったので、普段は安宿へと一人帰っていた。


 しかし今回は【最強⭐︎美男ズ】としての初冒険&初依頼達成だ。


 多少はハメを外したってバチは当たらないだろう。


 ジンは小さく頷くと、賑やかな夜の繁華街へと足を向けた。


「うん。いいね。じゃあ、ついでに安くてご飯も食べられる宿屋を教えるよ」


 冒険者向けの酒場であれば宿屋を兼業している店は珍しくない。


 ただ、旅客向けの『宿屋にある酒場』ではなく『酒場にある宿屋』なので、居住性や快適性に関しては多少の我慢をする必要はあるのだが。

 

 しかし、アフィンはジンの提案に肩をすくめる。


「ま、先輩の情報は有難いけど、今日は僕のオススメのお店に連れて行ってあげるよ。奢るからさ」


 そしてジンの隣に並んで歩き出すと、自分に任せろとでも言うようにウィンクをした。


 ジンはアフィンとの馴れ初めを思い起こしつつ、不思議そうに小首を傾げる。


「オススメって、まだ王都に来たばかりでしょ? それに、こういう時は先輩が奢るものじゃないの?」

「まぁまぁ、冒険中ならともかく、人生では僕の方が先輩なんだからさ。ね?」


 人生では先輩。


 そう言われてしまうと、ジンとしてもアフィンの気持ちを無下にすることはできなかった。

 

 それに、冒険者として駆け出しのアフィンの懐事情を勘案すると、彼のオススメするお店も大方見当はつく。


 そう思ったジンは、年長者としてのアフィンを立てようと彼の提案に頷いた。


「わかったよ、人生の先輩。今夜はアフィンのオススメのお店でご馳走になろうかな」

「任せておいてよ。冒険者の先輩に最高のおもてなしをしてくれるお店を紹介するよ」


 アフィンは嬉々とした様子で言うと、ジンの背中を押して繁華街の奥へと向かっていった。



 ────しかし、ジンの顔色は、だんだんと強張っていった。



 アフィンがジンを連れ立って赴いた店は、明らかに冒険者というよりは『大人』が利用する店だった。


 繁華街でも少し目立たない場所にあり、その趣は瀟洒。場末感の漂う酒場とは比較するのも烏滸がましい風情を漂わせていた。


 店の入り口には、軽装ではあるが鎧を纏った警備と思しき男が複数人立ち、出来上がって千鳥足で近寄る冒険者が威圧されてそそくさとその場を去ってゆく。


 ジンは背を押すアフィンを見上げながら、恐る恐るといった仕草で店の方を指差す。


「あの、アフィンさん? まとまったお金が入ったからって、あのお店に行こうとしてないですよね?」

「大丈夫大丈夫。僕、あのお店の人と顔見知りだからさ。ジン先輩にもいっぱいサービスしてくれるよ」


 アフィンは満面の笑みを浮かべて言うと、全力で踵ブレーキをするジンを押しながら店へと向かう。


「いやいやいやいや」

「まあまあまあまあ」


 そして腕っぷしには自信があると豪語するだけあって、ジンのささやかな抵抗など意に介さずあっという間に店の入り口に到着する。


 当然のように警備の男たちが威圧感の籠った眼差しを向け、ジンは誤魔化すように引き攣った笑みを浮かべた。


 すみません、ちょっとこの人ふざけてるんです、すぐにこの場から去りますので、何卒ご容赦ください────


 そんな謝罪の言葉がジンの脳裏を駆け巡るが、こともあろうか、警備の男たちは頭を深々と垂れると重々しく分厚い扉を開き、ジンとアフィンの二人を店内へと促した。


「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくりとお寛ぎ下さいませ」

「ああ。じゃあ、入ろっか、ジン先輩」


 まさかの対応にジンは訳が分からず固まってしまっていたが、アフィンはその背中を押して店内へと押し込んでゆく。


 そして店内の状況に、ジンの混乱はさらに極まってゆく。


 薄暗い店内の立食席には、ジンでも知っているようなAランクの冒険者たち、いかにも成金の経営者や裕福層といった身なりの者たち、そして記憶にも新しいハルロゥと名乗っていた肥満の貴族も居た。


 まさに雲の上の者たちが集まるような店だった。


 ここがアフィンのオススメというのも不可解だったが、なにより、ジン自身が入店できたことが理解不能だった。


 そんなジンの様子を見て、アフィンはほくそ笑むのだった。



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