プロローグ クビになってしまった
「もう我慢ならん!! ジン=アロイ、お前は今日でクビだっ!!」
冒険者たちでごった返すギルド内に怒声が響き渡る。
周囲の視線が怒声を浴びせられた少年……ジンへと注がれた。
「なーんだ。またブラカスさんとこの若いのがやらかしたのか」
「せっかくブラカスさんのパーティーに入れてもらってるのに、足を引っ張ってばかりらしいからねぇ」
「今日もダンジョンの攻略に失敗したらしいぜ。よく今まで面倒見たよ」
ジンへの注目はすぐに蔑視へと変わり、そこらかしこから嘲笑が漏れる。
それも仕方ないだろう。
ブラカス率いる冒険者パーティー【レックレス】は、この界隈では実力者揃いのパーティーだったからだ。
そんなパーティーを率いるリーダーがクビだと言うのだ。
あの若造はさぞかし愚かなミスを犯したのだろう……周囲の者たちはそう判断して、自分たちの輪へと戻る。
ジンは居心地悪そうに俯くと、衆目を避けるようにローブのフードを深く被った。
そして、恐る恐る口を開く。
「あの、でも、今日のダンジョンは、明らかにパーティーのレベルを超えていましたよ?」
「ああん? なんだと?」
反論が気に食わなかったのか、ブラカスの鍛え抜かれた肉体がわなないて震えた。
その様子にジンは身を縮ませながらも続ける。
「そ、それに、みんながダンジョンの罠という罠にかかりそうになっているのを、必死で阻止していました」
その時のことを思い出して、ジンは深いため息を吐く。
ブラカスは魔物相手には滅法強いが、足元の罠には全く意識が向いていない。
他のメンバーもジンのフォローに気付かずダンジョン内を無警戒で進んでゆく始末。
今日まで何度死にかけたかわからない。
謎解きギミックのあるフロアでは、手当たり次第に石像をどついたりするものだから、ジンは死に物狂いで駆け回った。
それすらも「魔物との戦闘で無力なのを挽回するため」と思われているようだったが。
もっとも、彼らが得意と豪語する戦闘においても、ジンが魔物相手に罠を張り巡らせていたからこそ勝てていた。
しかし、後方待機勢であるジンは、パーティー内で『ギミック解除でしか役に立たない』という扱いだった。
それでも、ジンはパーティーに入れてくれたブラカスに恩義を感じており、猪突猛進な彼らを精一杯手助けしてきた。
「それなのに、クビというのは、あんまりかと……」
だが、懇願するように見上げるジンに対し、ブラカスは顔を真っ赤にして青筋を浮かばせる。
「なんだと貴様!? 俺たちが、いつ、罠にかかったというのだっ!!」
「そうだ! 生意気だぞ!」
「それに、今日はジンが最深部の転移トラップに掛かったせいで、全員入口に戻されたんじゃないか!」
ブラカスに続くように他のパーティーメンバーも糾弾した。
ジンは仰け反って首を振る。
「いや、だってあれは、ダンジョンボスに瞬殺されるとわかったから、みんなのためにあえて踏んだんです」
「はぁ!? そんな馬鹿な言い訳、子供にだって通じないぞ!!」
「ギャハハハッ!! 【トラップマスター】とかいうスキル持ちのクセに、聞いて呆れるぜ!!」
パーティーメンバーの心無い言葉に、一同が堪えきれないように笑いだした。
頭ごなしに否定され、ジンはさらにフードを深くかぶる。
傍から見ればイジメのような光景だ。
ギルドにいる冒険者たちも仲裁するどころか、早く終われと言わんばかりに眉根を寄せるだけだった。
「今日まで我慢して面倒を見てやったが、こんな恩知らずとはな……もう顔も見たくない! さっさと去れ!」
場の雰囲気もあってか、ブラカスの罵声に苛立ちが帯びる。
ジンはしばらくその場で震えていたが、やがて諦めたように項垂れると、
「お世話になりました……」
か細い声で一礼して、トボトボとギルドから去った。
ジンが居なくなった冒険者ギルドでは、しばらく彼を嘲笑う冒険者たちの声で盛り上がっていた。