父が勝手に決めた婚約
「アメリア王女様、国王様がお呼びです。」
「父上が?」
今日の分の授業が終わり、ギルと一緒に鍛錬している時メリーが困ったように呼びに来た。
「今日は父上と何か予定があったかしら?」
「いいえ。ですが、大事なお話のようで至急来てほしいそうです。」
「そう…ならこの格好のままでも良いかしら。」
「はい。今は鍛錬中だと伝えてあるので構わないとのことでしたので。」
メリーの持ってきたタオルで汗を拭き、父上の元へ急ぐ。
急用って何かしら?
そう思いながらドアをノックし許可が下りたので中に入る。
わたくしの顔を見て泣きそうな父上と般若のように怖い顔をした母上とお兄様方。
え?何?本当なんなの?
「アメリア〜ごめんよ〜!!」
いきなり号泣しながらわたくしに抱きつこうとする父に素早く剣を抜き首元に向ける第一王子ティモ。
その父上の首根っこを掴み再び玉座に無理矢理座らせる第二王子ヴォルフ。
母上と第三王子のカインがわたくしをぎゅうと力強く抱きしめる。
「父上!!貴方にアメリアに泣きつく権利はありません!!」
「そうです!!我らの可愛いアメリアになんて事してくれたんですか!!」
「……くそったれ。」
「貴方なんて大嫌いよ!!」
上から一、ニ、三、母上か父上を罵倒する。
ごめんよーごめんよーと泣きじゃくる父上と相変わらず訳の分からないわたくしはメリーと顔を合わせるだけ。
ぐすんぐすんと母上が泣きながら何故父上が泣きながらわたくしに謝っているのか、何故こんなにも皆に怒られているのか説明してくれた。
「アメリア、先日貴女の誕生日会であったデュオドルド様の事覚えている?」
「はい。」
無口で面白みのない、顔と地位だけが取り柄の子ですね。
とは口にしない。
「その方の王妃様とそこのバカが血縁者なのはご存知よね。」
「父上のまた従兄妹と聞いてます。」
それが何か?と顔を傾けると母上はとんでも無いことを言った。
「この人、アメリアとデュオドルド様の婚約を勝手に決めちゃったのよ…」
ズガガガガガガーーーーン!!
と大きな雷に打たれたような衝撃を受けた。
え?なんて?婚約?誰と誰が?
お兄様達に目線を向けると心底悔しそうに父上を睨みつけて、そして彼らも泣きそうな顔でわたくしを見た。
それを見て、今聞いたことは幻聴でもなく真実だとわたくしの立派に教育された頭は理解して、瞳からポロポロと無意識に涙が流れ落ちた。
「!!父上ぇぇぇぇ!!!」
「!!アメリア!!ごめんよっ!!本当にごめんよっ!!アメリっ!!」
「近づくなこの外道がぁ!!!」
「……殺す。」
ティモに続きカインまで剣を抜き父の首元に当てる。
いい年して鼻水と涙を垂れ流しながら我が息子に殺されそうになる父上と、わたくしが泣いたことにより更に泣き始めた母上。
涙を止めようとしても次から次へと溢れ出る涙にどうしようもなくて、暫くしてやっと出た声は…
「父上、なんか、大嫌い…」
ズガガガガガガーーーーン!!!
と今度は父上が真っ白になり、灰と化した。
廃人になった父を放置し、母上が優しく細かく説明してくれた。
アルマ王妃は口がとても、べらぼうに上手い。
その日遅くまで父と飲んでいたらしく、上機嫌になった父を上手く策にハメわたくしとデュオドルド様の婚約に関して約束を取り付けた。
用意周到で書類に判も押してあったらしい。
いくら酔った時の契約とは言え、両国家の王家しか使えない判が押してある書類を無視する事はあり得ない。
わたくしの嫁ぎ先はほぼ決定なのだ。
「アドルフ王国からアメリアの条件を記入し正式な書類はこちらで作成して送ってほしいと手紙が届いて…とりあえず三ヶ月待ってと返事は返したけど…」
「こ、婚約を破棄する事は……」
母上が首を横に振るのを見て、やっぱりかと絶望した。
そしたらまた涙が止まらなくなって、今度はお兄様達もわたくしを抱きしめてくれた。
私はそれを受け入れる事が出来ずに、ひたすら泣いた。
今日は話を出来る状態ではないと判断した母上がメリーにわたくしを部屋で休ませるよう指示しこの場を後にする。
部屋までの道中、心配したギルがずっと廊下で待っていて、わたくしの泣き顔を見て目をギョッとさせ、慌てだした。
ギルが取り乱すなんて珍しいと泣きながらそう思った事を覚えている。
部屋に入りベットに倒れ込むように枕に顔を埋め、それから暫く泣いた。
泣き疲れてそのまま寝たようで、いつの間にか寝巻きに着替えていた。きっとメリーが着替えさせてくれたのだろう。
部屋にある鏡を見るとこれまで見たこともないくらい目を赤く腫らし不細工な顔になっていた。
外の風を浴びたくてバルコニーに出ると「あっ…」と小さな声が聞こえた。
声のした方へ目線を向けるとギルが心配そうにコチラを見ていた。
ギルの顔を見た途端わたくしは何も考えずに柵に足を掛け、ギル目掛けて飛び降りた。
慌ててわたくしの落下地点に移動して受け止めるギルが何かを言う前に、これでもかと力いっぱい抱きしめて泣いた。
「ギルと離れるなんてイヤ!!彼の方と結婚するなんてイヤ!!なんで!?なんで父上は勝手にそんな事決めたの!?わたくしは彼の方と結婚する為に今まで頑張ってきたわけじゃないのにっ!!」
わんわん泣いたってギルを困らせるだけなのに、それでもどうしようもなくて…
だけどギルは何を言うわけでもなくただわたくしを優しく抱きしめて、泣き止むまで背中をポンポンと叩いてくれた。
「俺もお嬢様と離れるのはイヤです。」
少し落ち着いた頃、ギルが話してくれた。
「貴女に会って俺は希望を見つけた。貴女に会って初めて誰かを守りたいと心の底から思った。貴女に相応しい、一緒にいても恥ずかしくない人になろうと努力した。」
「ギル…」
「でも今の俺じゃまだまだなんです。」
グッとわたくしを抱きしめる力が強くなる。
ギルの胸に顔を埋めていた私を少し離し、わたくしの目を見つめて彼は力強く言った。
「三年…待っていて下さい。必ず貴女を迎えに行きます。誰にも文句の言われない…いや言えない男になります。」
「…本当ですか?」
「俺が貴女に嘘ついた事ありますか?」
「初めて会ってから暫くは貴方嘘だらけだったわ。」
「………そんな昔な事は忘れて下さい。」
気まずそうに下を向くギルがなんだか可愛くて、可笑しくて、ふふふと笑ってしまった。
「俺は貴女の泣き顔より笑っている顔の方が好きです。」
「…約束よギル。必ず…必ずわたくしを迎えに来て…わたしくしも頑張る。絶対よ…」
「この命に賭けても。」
翌日、わたくしはアドルフ王国に嫁ぐ条件と、そして父上とこの件についての話し合いをして、三ヶ月後に迫る出国の準備に取り掛かった。