脅してくる奴とは友達になれない
スローライフを決意したが、大きな問題に直面していた
金がない
盲点だった。異世界でも何かするには金がいるんだな。
しょうがない、とりあえず宿とバイトを探すか…ていうかこの世界にバイトなんてあるのか?あと何故言葉が判るようになってるんだ?転生者ならではの様々な疑問が頭を巡る
『俺を家に帰せ』
まただ。誰だ?前から唸り声で俺に話しかけてきてる迷惑な奴は。
俺は辺りを見渡してみるもそれらしき奴は見当たらない。
『ここから出せ!』
さっきからなんなんだ!いい加減…
「うるさいぞ!」
思わず大声を出すと辺りの人々が一斉に俺に冷たい視線を向けてきた
「あ…すいませーん」
俺は堪らず小走りで路地に身を潜めた
まったくなんなんだ?辺りの様子から察するにこの声は俺にしか聞こえてないみたいだけど。
「がっ…!」
突如俺は喉から口内に何か吐き出るような感覚に襲われた
「なんだよ。まだ異世界に来て何も食ってねーのに…!いったい何を吐き出すんだ…おえっ」
『ぐっはぁ!』
すると俺の口から全体がオレンジ色でツノが生えてどっかの部族みたいな服を着た半透明の幽霊らしきものが吐き出た
「がっはぁ!やっと光を浴びれたぜ。ここはどこだ?」
なっ、なんなんだコイツは?口から出てきて辺りをキョロキョロして半透明で、それで…
「さて、ここはどこだ?取り敢えず向こうに飛んでみるか。ふん!」
ビタッ
「あれ?なんで止まって………あっ…」
どうやらオレンジ幽霊も気づいたらしい。なんかオレンジ幽霊の体が俺の口内からビヨーンと伸びて離れないことに。そのことにより俺が口半開きでとても惨めな顔でまともに話せないことに。
「ごっ…ごい!ぢょっとごっちぼい!」
「ん?何て言ってんのかわかr…」
「‼︎」
次の瞬間、さながら一昔前のバラエティ番組の罰ゲームでよく見たゴムパッチンのようにオレンジ幽霊が俺に突っ込んできた
「がっ!」
「ごっ!」
とりあえずこのオレンジ幽霊は意思はあるようで口から出ては会話出来ないので右耳から出てきてもらった
「何ィ⁈悪魔⁈」
思わず驚いてしまった。転生とか女神がいるならそりゃ悪魔がいても変ではないが、実際に対峙すると驚くものだ。
「あぁそうだ!俺は戦火の悪魔。名を火魔!今は魂だけの存在で体はどっか行っちまったが、本来は戦いにおいて右に出る者はいない最強の悪魔!だが、何故か自分の住処で寝てたら光に吸い込まれて気づいたら真っ暗な貴様の中で魂だけの存在になっていた」
あの女神だ…絶対あの女神じゃん…このオレンジ幽霊…いや悪魔も不運だな
「それで、お前は俺の中から出られないのか?」
「それが貴様の魂に絡みついて取れねーんだよ」
魂に絡みつくってなんだよ。けど向こう世界じゃ魂なんて知り得なかったな、本当にそういうのってあるんだなぁ。俺の魂ってどんな形してんだろ?俺は素朴な疑問を目の前の悪魔さんに尋ねる
「なぁ、俺の魂ってどんな形をしてんの?」
「んぁ?えーっとなぁ…まず大樽を想像してみろ」
「したぞ」
「その大樽に四方八方から剣を突き刺せ」
「それで?」
「その大量の剣に刺されて絡まり、大樽の蓋を突き破った状態が今の俺だ」
俺の魂は黒髭危機一髪か
「とりあえず、外には出るなよ。騒ぎになって俺の第二の人生の邪魔になる」
「あぁ⁈こっちからすれば貴様の方が邪魔だ!」
「うるせぇ!体の主導権は俺だ!」
「そうかよ。なら貴様の頭でずっと叫んで寝れなくしてやるかな」
「なっ…!やめろ!それだけは!」
嫌なことに不眠症の辛さはブラック企業勤めの俺が誰よりも知ってる
「な、なんで過剰反応するかは知らんが、こうなった以上は互いに助け合いをしていこうぜ?なぁ、人間」
くっそ…あの女神!変なことしやがって…!これなら余計なこと言わずに適当な能力を黙って貰っとくべきだった…!けどもうしょうがないか…第二の人生では睡眠だけは大事にすると決めてるからな。
「しょうがない。じゃあ行くか…」
「ハロワに!」
「ギルドに!」
「「あぁ⁈」」
ギルドって冒険者が集まってモンスター討伐とかの危険なクエスト受けるとこだろ?
「ふざけるなよ⁈俺は平穏に過ごしたいんだ!」
「そっちこそふざけるな!俺は戦火の悪魔、火魔!戦いは俺のアイデンティティだ」
「お前のアイデンティティなんかどうでもいいわ!」
「いいのか?貴様、夜中眠れなくなっても」
「くっ…きたねーぞ!」
「わかったら俺の言う通りにしろ。他にも貴様のケツとズボンの間に出てまるでウ○コを漏らしたようにしてやることも出来るが?」
「汚ねーぞ!この悪魔…!」
クソ悪魔が。睡眠が出来なくなる能力なんてまだ無い方がマシだ!
でもまだ悪魔がいてもスローライフを諦めたわけじゃないぞ
「お前の要求は受け入れてやる、その代わり人前では外に出るなよ。悪魔の存在がバレて恐怖の対象になったら俺の行動が制限されてお前も満足に戦闘が出来ないだろうしな」
「…わかった。約束しよう」
悪魔は渋々了承した。
そしてこの悪魔に脅され、町中を歩き回ってなんとかギルドに着いた。
体はもうすでにクタクタだ。
「はぁ…疲れたな」
『さぁ、さっさと早く入れ』
この野郎…!自分の体じゃないからって…‼︎
俺はこのクソ悪魔に不満を持ちながらもギルドの扉を開けた
「いらっしゃませ!宿泊とお食事なら右手の券売機へ。クエスト及びギルドご登録がご希望なら左手の受付へどうぞー」
なんでファンタジー世界に券売機あるんだよ…
扉を開けると同時にローブを羽織った魔法使いやら謎に片胸や片肩しか鎧をつけてない剣士やらが騒いでいる中あたふたと働いてる店員さんが5、6人いた
『おい、早く戦わせろ』
「戦うっていっても実際にやるのは俺なんだからな」
俺は受付のいくつかあるうちの一つの窓口につくと、綺麗な受付嬢が対応してくれた。とりあえず券売機は無視した。
「あのークエストを受けたいんですけど…」
「見ないお顔ですが、ギルドは初めてでしょうか?」
「はい」
「それでしたら、ゲストでお受けいたしますか?それとも冒険者登録をして冒険者としてお受けいたしますか?」
「えっと…ゲストと冒険者の違いって…?」
「はい。冒険者としてお受けするなら最初に仲介料をいただきますが、クエストに伴う事故などによる損失を一部補償し、功績としてどんなクエストでも一応名前が残りますので指名でクエスト依頼がきたりします。あと特典としましてはギルドが運営するアパートの入居が許されたり、その家賃やお食事の割引がございます。ですが、ゲストでお受けするなら仲介料は無しで報酬は全部当人のものですが、今言った特典や補償はございません」
なるほど…別に冒険者にならなくともクエストは受けられるわけか…。
だが、現在不親切な女神によって無一文な今の俺ではゲストでクエストを受ける他ない
もっとも、クエストなど受けさえしたく無いのだが…
『おい、まだか?』
俺はこの社内ニート女神が寄越した悪魔のせいで受けざるを得ない
「はいはい。じゃあゲストでお願いします…」
俺は受付嬢に覇気のない声で言った
「はい。それでは右手にあるクエスト掲示板からお好きなクエストをお選びください」
『よし、モンスター討伐に行くぞ人間!』
くそっ…こんなはずじゃあ無かったのに…
俺の第二の人生は社内ニート女神と脅迫悪魔によって早速お先真っ暗となった…