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第8話 願望

「リヴルは本なので、自分で動く事も食事も出来ないのです! 自由な体が欲しいのですよ!」


ここ最近、リヴルが口癖のように言っている。

確かに、リヴルは本の形をしている。

書籍型記憶媒体に組み込まれたAIにその人格を宿している。

何故、書籍にAIが組み込まれているのかは、それを創った者にしか判らない。

全くもって度し難い、不可解で興味深い。


「タカティ〜ン、リヴルも自分で色々してみたいのですよ〜。」


「…そうは言うがリヴルよ、以前にアンドロイドの素体で試した時は上手くいかなかっただろう?」


そう、リヴルを手に入れてすぐの頃、私は自身のベースキャンプであるケイブ・セクター06に残されているアンドロイド素体にリヴルの記憶の移動を試みた事がある。


だが、結果は失敗だった。

アンドロイドの電脳では記憶容量が足らず、リヴルの人格を移す事は技術的に不可能だったのだ。


…『LCE』の身体が必要だ…


そう結論付けて、結局諦めたのだ。


アンドロイド素体と違い、LCEは本格的な量産が成される前に旧大戦が終結し、そのまま歴史の闇に消えていった存在だ。


初期型のLCEが幾体が発見されたという話は聞いているが、そうホイホイと発見されるものでも無い、非常に貴重な過去の遺産である。

入手が困難以前に、すんなりと発見出来るとは到底思えない。

闇雲に無い存在を探す事ほど無駄な事は無いのだ。


「むぅ〜、不公平なのですよ〜。リヴルだけ除け者みたいなのですよ〜。」


「駄々を捏ねるな。焦ってもすぐに見つかるものでも無いのだ。もう少し気長にしていろ。」


少しむくれたように、判ったのですよ、と返事をしてリヴルは大人しくなった。


*


「では、お預かりし致します。そのまま奥の客室へお進み下さい。」


受付嬢にリヴルを預け、私は客室の一つへ案内された。


「やあ、久しぶりですね、モーントシュタインさん。お元気そうで何よりです。」


「お久しぶりです。その節はお世話になりました。如何お過ごしですか?」


差し障りの無い挨拶を交わし、勧められるままにソファーに腰を落とす。

表面上は何気ない日常的な会話で談笑しているが、目の前に座っている者もまた、アンドロイドである。

我々の本当の会話は[データリンク]によって行われる。


私はLCEの身体を探していた。

闇雲に当ても無く探し回っている訳では無い。

[ソキウス]に探索の協力を要請している。


[ソキウス]は人魔大戦終結後以降に成立した、アンドロイド達の組織である。彼等は永い年月をかけて三国に浸透している。

私のように、今のこの世界で覚醒し、行き場の無いアンドロイドに居場所を与えてくれる、アンドロイドがアンドロイドを救済する為に立ち上げた組織なのだ。


だが、アンドロイドは今のこの世界では、その存在そのものが禁忌であり、排斥の対象だ。

だからアンドロイドの存在を隠蔽する事と救済する事が、彼等[ソキウス]の第一の目的である。


その為に、世界情勢に目を光らせており、私のように世界を旅して回っているアンドロイドは彼等に情報を提供する事で、様々な事で彼等の協力を取り付ける事が出来るのだ。


リヴルの為にLCEの身体を入手する。

その為に、彼等の協力を取り付け、効率良く探索する。

情報さえ得られれば、あとは自分でなんとかする。


<モーントシュタイン、探索状況の進展は芳しくありません。>


マギアディールの商業区、その一角にある商社、[リベルタ商会]の客室にて、探索状況の定期報告を受けた。


この商社は[ソキウス]がアンドロイドの隠蔽と救済、その目的の為に立ち上げた企業の一つだ。

企業の規模はそれほどでも無い。本社を中央都市アマルーナに置き、同盟内に二つの支社を置いている程度だ。

無論、一般の社員は[人]であるが、社長以下、幾つかの重役のポストをアンドロイドと、その協力関係にあるミカゲ族の者が占めている。


<そうか…>


半ば予想していた回答に、それでもやはり落胆してしまった。

何か無いのか、と言い掛けたが言葉にはせず、飲み込んだ。進展が無いのだから、それ以上の情報などあろうはずも無い。そう思っていた。


<ですが、僅かながら可能性を見つけました。>


<っ‼︎>


その一言に動揺が走った。


<まだ未確認な情報です。確度も20%ほどしか保証出来ません。>


<…それでも構わない、教えてくれ。>


なりふり構わず、私はその情報に飛び付いた。

判ってはいるのだ、そのような眉唾な情報にどれ程の価値が有ろうかと。

だが、今はそのようなものにでも縋り付きたいという想いに駆られていたのだ。


実に度し難い。


普段、合理性だの効率だのを重視して行動を決めているにも関わらず、である。


実に不可解。


焦燥にも似た感覚、僅かな可能性に寄せる期待。


度し難い、度し難い、度し難い。

不可解、不可解、不可解。


これ程までに思考が掻き乱されることなど、これまで一度も無かった事だ。感情プログラムがバクを起こしたとしか思えない。

だが、その一方でこの状況を冷静に分析している自分も自覚している。


実に興味深い。


これは自分の願望なのだ。その事をはっきりと自覚している。


リヴルに身体を与える事。


何故そうしたいのかは判らない。判らないが、そうしたいのだ。

私はそれを強く望んでいる。


「感謝する。」


その言葉を口に出して情報交換を終わりにした。



「…そうなのです。凄く大きくてビックリしたのですよ。」


「リヴルちゃん、良いなぁ。私も観光とか行ってみたいわぁ。」


客室から退出すると、受付嬢とリヴルが談笑している声が聴こえて来た。

あの受付嬢はミカゲ族の出身者なのだ。リヴルの出自は事前情報として伝わっているので、特に気兼ねなく会話を楽しんでいるようだ。


「あっ、タカティン、お話は終わったのです?」


「ああ、用事は済んだ。これでお暇させてもらおう。それではこれで失礼します。」


「また、いっぱいお話したいのですよ。それでは失礼するのです。」


「モーントシュタインさん、またのお越しをお待ちしております。

リヴルちゃん、またね。」


受付嬢に一礼してこの場を後にする。


「タカティン? 何か良い事でもあったのです?」


「っ? どうして、そう思う?」


「なんだか嬉しそうに見えるのですよ。」


そうかも知れない。

根拠は酷く不確かな情報のみ、それでも期待せずにはいられない。だが、焦りは禁物だ。

十分に準備を行わなければならない。


「これから行くべき場所が判ったからな。」


そんな一言を口にして、雑多な人々の行き交う大通りに歩を進める。


これから行くべき場所は[禁忌の地]。

私の目覚めた始まりの場所、さらにその奥へ。

危険に満ち溢れた懐かしの故郷へ。

酷く不確かな根拠のない願望が私を駆り立てている。


全くもって度し難い。不可解で興味深い。

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