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強さの秘訣

聖華暦836年 3月


「リヒト、マーク、君達は強くなりたいかね?」


「なんですか、突然。そりゃ強くなりたいですよ、騎士ですから。」


「それはリヒトと同意見です。」


二人の言葉を聞いて私、タカティン・モーントシュタインは、まぁ当然だなと返した。


「では、二人は『コウリュウ槍術』という名前を聞いた事はあるかね?」


「……コウリュウ槍術……確か、どこかで……」


マークは聞き覚えがあるらしく、思い出そうと頭の引き出しをあさっている。

リヒトは全く知らないと首を振った。


「コウリュウ槍術は第三次聖帝戦争で暴れ回った災禍旅団のメンバーの一人が同盟で始めた武術の事よ。」


ここでクルセイダー・イーリスが口を挟んだ。

それを聞いたマークも、あぁそうだと、頷く。


「災禍旅団は第三次聖帝戦争で帝国についたカナド猟兵の傭兵団だな。聖騎士団相手にさんざっぱら辛酸を舐めさせた武闘集団だったようだ。おっと、災禍旅団の事はどうでもいい。実はここにコウリュウ槍術の奥義書の写しがある。」


そう言って、私は二人……イーリスも首を突っ込んで来たので三人の前に、その本を差し出した。


「そんなすごい旅団のメンバーが起こした武芸の奥義書……、なんでそんなのを持ってるんです?」


リヒトが、いやマークもだが疑惑の目を持って私の差し出した本を見つめている。


「これはコウリュウ槍術の道場で奥義書の修繕を頼まれた時に、その報酬として中身を写したものだ。これにはコウリュウ槍術の開祖が実践した誰でも必ず強くなれる方法が記してある。」


その言葉に、二人が息を呑む。


「本当に、誰でも必ず強くなれるんですか?」


「そんな上手い話があるとは、俄かに信じられませんね。」


「まぁ、普通はそうだろう。だが、この中身は実に合理的で実践的だ。この本に従えば、どんな人間でも少なからず必ず成果を出せる事は保証しよう。……読みたいかね?」


少し意地悪く聞いてみた。


「……俺は読みたいです。必ず強くなるのなら、彼女を護れるようになるのなら。」


「おぉ、言うわね。マーク、どうする? リヒトはあぁ言ってるけど。」


「僕は……遠慮します。強さに近道なんて無い。日々の鍛練を欠かさぬだけです。」


「ふむ、それは良い心掛けだ。ではリヒト。」


私がリヒトに奥義書の写しを差し出すと、彼はそれを恐る恐る受け取り、一つ深呼吸をしてからページを捲った。


写しを読み進める毎に、リヒトの表情が険しくなる。


「……これ、本当に、奥義書なんですよね? 俺のことを揶揄ってませんか?」


「いや、まさにそれこそが強くなる秘訣と思うのだがね。」


睨みつけるリヒトに、私はそう返した。


「なんて書いてあるの?」


イーリスがリヒトの持つ奥義書を覗き込み、そして。


「あぁ、なるほど。」


と一言。


「栄養バランスの取れた食事を一日三食、しっかりとよく噛んで食べること。一日7時間、しっかりと眠ること。一日に決められた分量の鍛練を欠かさぬことなどなど。要約すれば、ただひたすらに自分の健康を気遣いながら鍛練を続ける、それこそが誰であれ強くなる一番の方法、まさに合理的かつ実践的だろう。」


リヒトは残念そうに奥義書を閉じる。


「先ほどマークが言った事だよ。日々鍛練を欠かさぬこと、これが一番だ。」


「ですけど……、こう言っちゃなんだけど、マークやクルセイダー・イーリスは聖痕がある。そんなのはズルなんじゃないんですか?」


「なんだと! リヒト、君はそんな風に…。」


リヒトの言葉にマークが反応し、詰め寄ろうとしたが、イーリスが制止する。


「確かに、クルセイダーには聖痕があるな。だが聖痕があっても、使い方が分からなければ宝の持ち腐れ、使い方が分かっても使い熟せなければ、やはり宝の持ち腐れだ。どのような才能だろうとも使い熟す為の努力を惜しんでは、やはり強くはなれないんだよ。」


リヒトは実に不服そうだ。


「見たまえ、過去大活躍した武芸の達人でさえそう残しているのだ。強さにズルも近道も無いのだよ。君はただひたむきに鍛練と経験を積み重ね、アラドヴァルを使い熟す事が、もっとも早く強くなる方法だと私は思うがね。」


「そうだよリヒト。アンタの筋は悪くないんだから、焦らずに鍛練に集中なさい。」


「……ふぅ、分かりましたよ。クルセイダー・イーリス、もう一本お願いします。」


どこか吹っ切れたような表情で、リヒトは模擬剣を構えた。


リヒト、今はただひたすらに鍛練に打ち込めば良い。

それが必ず、君を強くするのだから。

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