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魔導書

 聖華暦834年 5月 聖王国領ヘイゼルニグラート


「こちらの書物ですが、残念ながら模造品ですね。」


 私はタカティン・モーントシュタイン。

 今しがた、鑑定を終えた本をテーブルの上に置いて、買取の依頼主にそう告げた。


「模造品って、そんなバカな! その『本物』は40万ガルダで入手したって、爺さんが!」


「まぁ、よく出来ているのは確かです。」


 望む結果では無く憤慨する客に、私はいたって冷静に言葉を返す。


「……いやいや、もっとよく調べてくれよ。それとも本職の魔導士じゃないから、判らないんじゃないのかい?」


 どうにか食い下がろうとする依頼主に、軽く溜息をついてから返した。


「私は確かに本職の魔導士ではありませんが、本職の魔導士相手に魔導書を売買もしているのでね、この手の品はよく見かけますよ。」


 そう言うと依頼主はがっくりと肩を落としてソファに沈んだ。


 大概の魔導書とは、魔法を習っている者がその習熟の助けとする為に用いる参考書のようなものだ。

 その為、魔導書を重宝する者は魔導士としては半人前というのが、世間では一般的である。


 だが魔導書の中には、本当に力を持った『本物』の魔導書というものが存在する。

 それはいわゆるアーティファクトに分類される、非常に希少で危険な代物なのだ。


 この依頼主の祖父は、この本を『本物』の魔導書として購入したと聞いていたのだろう。


「時に、この本は40万ガルダで購入されたという事ですが、良ければこれを40万ガルダで買取りましょう。」


 その言葉に依頼主がばっと顔を上げた。

 その顔には疑念がベッタリと貼り付いている。


「おいおいちょっと待てよ。さっき模造品だって言ったよな? なのになんで購入時と同じ金額で買い取るなんて言うんだ?」


「不服ですかね?」


「怪しいだろ? ほんとはもっと価値が高いんじゃないのか? 私を騙して買い叩くつもりなんだろ!」


「そう思っても仕方ないでしょうが、模造品は模造品です。私が本当に買い叩くつもりならもっと低い金額を提示しますがね。あくまでもこの金額提示はこちらの好意というだけです。」


 そう言うと、依頼主は黙った。


「それに私には模造品を蒐集している好事家の顧客がいるので、そこから利益を回収出来るというだけですよ。もしそれでも不服なのでしたら、今回の取引は無かったという事でよろしいかな?」


「……ああ、わかった、私が悪かった。それで、お願いします。」


「では交渉成立ですな。」


 *


「タカティン、この本、ほんとに模造品なのです?」


 先程入手した魔導書をしげしげと眺めていたリヴルが私に聞いてきた。


「いや、紛れもなく『本物』の魔導書だよ。」


「タカティン、それでは詐欺なのです。」


 リヴルがジト目を向けてくる。


「まぁ騙した事にはなるか。だが、この本をあの依頼主が持っていても碌な事にはならなかっただろう。」


「どういう事なのです? リヴルにはよく判らないのですよ。」


 魔導書の表紙には旧世紀の文字、正確にはラテン語で『風霊の書』と記されている。

 内容を確認したところ、この魔導書は風の精霊を呼び出し、そのまま精霊に暴れさせて所構わず破壊をもたらすという代物であった。


 私は魔導書の背表紙を開き、そこを示した。


「この背表紙の裏には細工がしてある。見た目では判らないが、上から紙を貼り付けてある。」


「その下に何かあるのです?」


「あぁ、紙の下というよりも貼り付けた紙自体だな。この貼り付けた紙は魔導書が力を発揮出来ないように封印をする為のものだ。表面をなぞれば、微かに術式を描き込んであるのが判る。」


「タカティン、触ってもリヴルには全然判らないのですよ。」


 何度も背表紙の裏を触ったリヴルがそう言った。


「まぁ、ほとんどの者には判別出来ないようにはなっているな。」


 私はリヴルから魔導書を取り上げると、油紙と羊皮紙で包み、麻紐で厳重に巻いてから結び目に封蝋を垂らした。


「封印が施されているという事は、この本は危険だという事だ。よって、このままでは他へ売る事は出来ん。」


「じゃあその本はどうするのです?」


「そうだな、聖拝機関へ持ち込んで買い取ってもらおう。幸い、あの機関にも伝手がある。」


 聖拝機関は聖王国の魔術組織で、魔族や科学技術への対処を行う国営の機関だ。

 なので、こういった力のある魔導書やアーティファクトを集めているので、伝手を使えば買い取ってくれるだろう。


 本来なら私などは排斥対象なのだが、数十年前からアンドロイド組織『ソキウス』が接触を図り、少なくない便宜を図っている。

 おかげで現在では、聖王国内でのアンドロイドの活動を黙認してもらっている状態なのだ。


「さて、この本はとても危険だから勝手に開けるんじゃないぞ。」


「むぅ、リヴルはそんな悪戯したりしないのですよ。」


 私は唇を尖らせるリヴルの頭をくしゃりと撫でて、『本物』の魔導書を鞄の奥へと仕舞った。

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