アハートの苦労
聖華暦835年 秋 自由都市同盟領 商業都市マギアディール
私はタカティン・モーントシュタイン。
中央都市アマルーナで冒険者ギルド『栄光の宴』のギルドホーム『宴の園』で一仕事終えた後、私達はアマルーナを離れ、ここマギアディールに移動していた。
厄介な人物に目をつけられた為、緊急避難してきたのだ。
そして今、私はリヴェルタ商会の会長室に居る。
<内容は確認しました。……確かにこれは厄介な情報ですね。>
私の目の前にはふわりとボリュームのあるコーラルピンクの髪を三つ編みにまとめたメガネの女性が座っている。
ふんわりとして温和な笑みを浮かべる愛らしい外見をしているが、彼女は同盟内のアンドロイド達を統括するアハート・ストロマトライトその人だ。
<翻訳する際に、兵器の保管場所についての情報は一部改竄しておいた。時間稼ぎにしかならんだろうがな。>
<ふぅ…、判りました。情報提供に感謝します。>
データリンク上に開かれた穏やかで心地よい庭園から、現実の会長室に意識が切り替わる。
「それにしても、『栄光の宴』ですか……。前年のバフォメット事変の功労者として一躍有名になった冒険者ギルドですね。彼らが冒険者である以上、こういったものを見つけてしまうのは仕方ないのでしょうけど……。」
「とは言え、やはり大量破壊兵器が今だ存在しているとなると、見過ごしてはおけんな。」
「ええ、この件は早急に調査する事にします。情報提供、本当にありがとうございました。」
そこで話は終わり、私は席を立つ。
と、ここでアハートが私の袖を掴んだ。
「まだ、何か?」
「ところでタカティンさん、ご婚約なされたそうですね?」
「ん、あぁ、もう聞いていたのか。」
「ええ、お相手はカトレアさんだそうですね。おめでとうございます。」
「ありがとう。」
なぜか、アハートの笑顔が、ただ顔にベッタリと張り付いているだけのように思えた。
「………なんだかズルくないですか?」
「……それはどういう?」
「だって、結婚と同時にザフィーアさんの業務を引き継ぐ段取りなんですよね? タカティンさん、以前にそういった期間限定の代役はしないって言ってましたよね?」
アハートの笑顔が段々と影を帯びてくる。
「あぁ、確かにそう言ったな。」
「じゃあこれはどういう風の吹き回しなんですか? 正直言って聖王国は比較的安定していてそこまで大きな案件も無いですよね? それなのに同盟の方はこんなにも厄介事がひっきりなしに舞い込んで来ているのに、不公平じゃないですか。」
少しずつ顔を近づけながら口調も早くなってきている。
あー、そうとうストレスを溜め込んでいるな……。
アンドロイドがストレスとかいうのはどうなのかいうツッコミを入れたくなるが、今はやめておこう。
「それなら私の方も交代してもらってもなんら差し支えありませんよね?」
「おい、ちょっと待て。」
「いいじゃないですか。しばらくで良いんです、私も少しだけ羽を伸ばしたいんです。ほんの一年、いえ、半年だけ。……断る気ですか? 断る気ですね? いいですよ、だったら私、泣きますよ? 今、ここで、思いっきり、恥も外聞もなく、大声出してわんわんと泣いちゃいますよ?」
「あー待て待て、わかった、私の負けだ。今すぐには出来ないがしばらく交代する。だから泣くな。」
今にも泣き出しそうなアハートを、私は必死に宥める。
彼女が本気で泣くと、その泣き声は超音波兵器と化して周辺に凄まじい被害を発生させる、冗談では無く本気で。
半径数十mの範囲内にある建物の窓ガラスは全て割れるだろう。
近くにいる人間、少なくともリヴェルタ商会の建物内に居る者達の聴覚にもかなりのダメージを与えるはずだ。
無論、近くにいる私は機能停止に追い込まれかねない。
まったく、工兵指揮官型だというのに、なんだってそんな破壊的な能力を持っているんだ、彼女は。
「ほんとうですか? その場しのぎの嘘じゃありませんよね?」
「あぁ本当だ。必要なら念書も書こう。」
そう言うと、アハートは大きくため息をついた。
「判りました。それでは書類を用意しますから、少し待っててください。」
妙にウキウキとした表情を浮かべて書類を用意する彼女を見ていると、アハートの苦労が偲ばれる……。





