簡易術式と巻物
聖華暦836年 1月 聖王国領シャーリアン
私の名前はタカティン・モーントシュタイン。
しがない本屋を商っている。
今日は朝から幾つもの巻物用の細長い紙に羽根ペンで文字を書き連ね、同じ書物を量産している。
三人の少女、リヴルとリディア、それからディジーが飽きもせず、興味深げに私の手元をじぃっと見つめている。
「タカティンさん、それは何を書いているんですか?」
「これか? これは巻物に簡易術式を書き込んでいる。」
巻物とは、ルーン文字という魔法を記号化したものを魔墨というエーテルを媒介するインクで紙に書き込み、エーテルを流す事で書き込まれた魔法を詠唱無しで発動させる、使い捨ての魔導器だ。
ルーン文字を組み合わせて特定の魔法を組み立てる事を簡易術式といい、簡易術式化されている魔法ならばだいたい巻物にする事も出来る。
だが簡易術式は意外に複雑である為、世に出ている巻物はもっぱら下位魔法に限定されている。
興味深い事に、アンドロイドは魔法を使う事は出来ないが、こうして魔導器にしてしまえば一時的とはいえ、それを使う事が可能となる。
なので私は現在までに一般公開されている簡易術式を全て記憶し、必要に応じて巻物を作っている。
今書いているのは風魔法ウィンド・フローの簡易術式だ。
ウィンド・フローは風を纏わせて物を浮かせたりする事が出来るので汎用性が高く、なにかと便利な魔法だ。
もちろん自分に使う事も出来る。
「しっかし、よくそんなの几帳面に書けるよなぁ。」
「お前がガサツ過ぎるだけだ。少しはカトレアを見習え。」
「へーへー。」
「ふふん、リヴルもいろいろ書けるのですよ。」
リヴルが得意げに胸を反らす。
「お前の字は綺麗だが右上にズレていくからなぁ。」
「むぅ、でもちゃんと使えるのですよ。」
小さく頬を膨らませ、リヴルが反論する。
会話をしながらも手を止めず、書き連ねる文字列をリディアは見入っている。
「リディアも興味があるのかね?」
「少し。」
「書いてみるかね? 見本もある。」
「良いんですか? でも、売り物なんじゃ…。」
「あぁ、自分で使う分もあるから問題無い。今書いているウィンド・フローを手本にするといい。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
私が差し出した羽根ペンをリディアが受け取り、私の書いたウィンド・フローの巻物を見ながら紙に簡易術式をゆっくりと慎重に、丁寧に書き込んでゆく。
その隣でリディアの手元を覗き込んでいるリヴルは、楽しそうに出来上がってゆく簡易術式の文字列を眺めている。
「リディア、上手く書けているし字が綺麗なのですよ。」
書き上げた巻物を見て、リヴルが褒めた。
「あの…、どうですか?」
「ふむ、リヴルより上手いな。これなら売り物にしても良いだろう。」
ディジーが小さく吹く。
「そんな…。」
素直に褒めると、リディアも嬉しそうに目を伏せた。
「ムゥ、リヴルだって綺麗に書けるのですよ。」
また頬を膨らませたリヴルの頭を軽く撫でて私は笑った。
「その巻物は持っていると良い。ウィンド・フローは汎用性が高い魔法だから、何かの時に役に立つだろう。」
「ありがとう、ございます。」
巻物を受け取ったリディアは柔らかくはにかんだ。





