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二人の出会い

聖華暦825年 2月 アルカディア帝国領デルドロ


雪がチラチラと降る日だった。

その日、私はフォーレンハイト侯爵家のお膝元である第一都市デルドロの街中を散策していた。


この街は帝国における軍需産業の要とも言える程、非常に多くの企業の集まった大都市だ。

それだけに人々の往来は非常に多く、活気付いている。


やはり大都市は忙しない。

私とすれ違い、私を追い越してゆく人々の表情は実に多種多様だ。

雑多な喜怒哀楽、無数の幸せ不幸せが渾然一体の内混ぜとなったその様こそが、[人]の本質の一端を表している。


本当に興味深い。


人々の生活を視界の端に収めつつ、通りを過ぎて広場へと至る。

そこはさらに多くの人集りが出来ており、沢山の露店が並んでいる。

どうやらバザーが開かれているようで、路上に商品を並べただけの店もある。


こういうところでは掘出し物の[本]があるかもしれない。

人間観察がてら、そういったものを物色することにした。


古着や食器類、日常使いの道具類、手作りのお菓子、珍妙で怪しげな装飾品、骨董品クラスの調度品、すぐそこの商店で手に入るものから外国の珍しい品を吹聴するものまで実に多様だ。


ふと、ある露店の前で足を止めた。

そこで気になるものが目に留まったからだ。


それは一見すると黒っぽく厚みの薄い石のプレートのような代物だった。

薄汚れ、あちこちひび割れが入り、ところどころ欠けている。


だが、私にはそれが石のプレートなどでは無いと一目で判った。

アレは間違いなく記憶媒体(タブレット)だ。


データが残っているかは判らないが、私はそれを見過ごす事が出来なかった。


店の番は草臥れた中年男性がしており、私は彼に話しかけた。


「この板を見せてもらっても良いかね?」


「あー、どうぞどうぞ、好きに見てってくだせェ。」


私は記憶媒体を手に取ると、雑に状態を確認する。

ここで丹念に調べれば、男がそれに興味があると判断し、ふっかけてくるかもしれなかったからだ。


「この板はボロボロだね。随分と傷んでいるがなにに使ってたのかね?」


「そいつは鍋敷きとか鉢植えの土台とかだね。傷だらけだし、2000ガルダでいいよ。」


「2000はふっかけすぎだ。300が良いとこだろう。」


「じゃあ1000で。」


少し考えるフリをして間を開け。


「500なら。」


「わかった、それで良い。」


「どうも。」


金を男に払い、板を受け取る。

私は他のものを物色したあと、露店を後にして宿へと向かった。



宿に戻り、改めて記憶媒体の状態を確認した。

外観はさっき見た通りで傷だらけで酷いものだ。

だが肝心の中身はどうであるか、そちらが重要だ。


記憶媒体の電源を入れてみるが、反応は無い。

携帯バッテリーに繋いで充電を試みる。

少しすると記憶媒体のバッテリーランプが弱々しく点灯した。


まだ生きている。


だが、ここでは本格的な修理は出来ないので、私のベースキャンプであるケイブ・セクター06に持ち帰る事とした。


中にどんなデータが入っているのか、楽しみだ。



聖華暦825年 3月 ケイブ・セクター04


本当は自分のベースキャンプに行く予定であった。

だが、ソキウスから急ぎの案件での協力を求められた為、ソキウスの本拠地であるケイブ・セクター04にやって来た。


詳しい事は着いてから聞かされたが、よもや戦闘型アンドロイドに潜入調査の為の技術供与(レクチャー)をするとは思わなかった。

まったく、前もって言ってくれていれば、ここへ来るまでに情報を纏めておいたものを。


まぁ、その見返りとして施設の設備やパーツ類を使わせてもらえるようになったので、良しとしておこう。


さて、記憶媒体をいきなり分解すると回路を傷める恐れがあったので、まずはX線で透過して中の状態を確認する。


画像を確認する限り、特に大きな損傷や劣化は見当たらない。

これなら分解しても大丈夫そうだ。

振動を与えぬよう、慎重に分解を進める。


中身の基盤は汚れているものの損傷も無く、記憶回路も外観は無事のようだ。

ただバッテリーは完全に劣化してイカれている。

長い間、通電していなかったのでデータがどれほど残っているか。


基盤の汚れを落としてバッテリーを新しいものに交換し、組み立てずに充電をする。

充電が30%を超えたところでモニターを起動させた。


画面に『Re・B・L』の文字が映り、そして。


「おはようなのです。今日も素晴らしい1日の始まりなのですよ。」


人格AIだったか。

いやにテンションが高く明るい声色で挨拶をしてくる。


「おはよう、そしてはじめまして。私の名前はタカティン・モーントシュタインだ。」


「はじめましてなのです、タカティン。私の名前はリヴルなのです。よろしくなのです。」


「ああ、よろしく。それでリヴル、君の事を聞かせてくれるかね?」


「良いのですよ。リヴルはこう見えて元はLCEなのです。どうして今は記憶媒体に入ってるかというと……。」


嬉々として語り出したがしばしの沈黙。


「……むぅぅ、記憶が欠損していて思い出せない事がいっぱいあるのですよ。」


「ふむ、やはり保存状態の悪さが災いしていたか。」


「リヴルは何の為にこうなってるのか、解らないのです。リヴルはどうすれば良いのです?」


リヴルの声色は重く沈んだものになった。

これは興味深い。


このリヴルは明らかな人格AIだ。

だがこの妙な人間くさい豊かな感情表現はどうしたことだ。


目覚めは新しい希望と喜びを表し、自分の記憶が欠けている事に打ちひしがれ悲しみに沈む。

いかな人格AIといえど、普通はここまで感情的に振る舞ったりしない。


それに私と同じで、目覚めてすぐに自身の存在意義を喪失してしまっている。


私はリヴルを手元においておきたくなった。

境遇が似ているというのもある。

どうにも他人事とは思えなかったのだ。


「リヴル、良ければ私と旅をしてみないか? 一緒にこの世界を観て周ろう。」


「……旅をするのです? そうしたら、リヴルの忘れてしまった記憶も戻るのです?」


「それは判らない。だが、新しい記憶がどんどん更新されていくのは間違いない。」


「わかったのです。色々忘れてしまったのは悲しいのです。でもリヴルはもっといっぱい色んな事を知りたいですよ。」


リヴルは嬉々とした声色でそう応えた。


「なら決まりだ。君の新しい筐体を用意しよう。それまで少し待ってくれるかね。」


「それならお話ししながら待つのですよ。まずはタカティンの事を聞かせて欲しいのです。」


「君はお喋り好きなようだね。そうだな……。」


こうして、私とリヴルは出会い、一緒に旅をすることとなった。

あの日、露店で記憶媒体を見咎めなかったら、決してリヴルと出会う事は無かった。


掛け替えのない彼女と出会えた偶然に、私は感謝したいと思う。

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