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電子の歌姫 #3

立ち上がろうとした私を、タカティンさんは右手を上げて制しました。


「久しぶりだな。ところでこれはどういった趣向なんだ?」


「ええ、ただ貴方を殺してしまいたい衝動に駆られているだけです。お気になさらず。」


二人は知り合いのようでした。

しかし、この状況はなんなのでしょう?


なぜ彼女はタカティンさんに銃を突きつけているの?


「何時から居たんだ?」


「最初から。貴方がどうするか、ずっと観てました。そして、お母様の予想通りの動きをしていて腹が立ちます。」


「すると今回のはザフィーアが企てたのか……、相変わらず食えないな。……となると、彼女を追っていた奴らもお前たちの差金か。」


「ええ、傭兵を雇いました。もっとも、彼らは先ほど契約切れになりましたが。」


タカティンさんはため息混じりに笑っています。

私は訳がわかりません。

彼女は私を睨むように視線を投げかけてきました。


彼に突きつけた銃はそのままで。


「初めまして、私はカトレア・シュタールといいます。『ソキウス』のメンバーの一人で、そして……」


そこで言葉を切り、タカティンさんの胸ぐらを掴んで引き寄せ、それから……


それから、強引にタカティンさんの唇を奪いました。


「ん……、この人の恋人です。」


あまりの事に、頭の中がまた真っ白に……



「落ち着いたかね?」


「……ずみまぜん、お騒がせしました。」


あの後、不覚にも涙が溢れてしまい、わんわんと泣いてしまいました。


「おいおいカトレア、やり過ぎだよ。流石のアタシもビックリしちまったよ。」


「そうですわ。まったく、この人の事になるとすぐに熱くなって。」


カトレアと呼ばれた女性の他にも、もう二人。

三人の見知らぬ女性達が、私達を囲んでいます。


「……ごめんない。私も冷静さを欠いていました。」


「私も、ぐすっ、色々とビックリして取り乱してしまいました。」


本当に色々とあり過ぎて、理解が追いつかずに取り乱してしまった。

彼が見ている目の前だというのに……。


……恥ずかしい……。


「まずは自己紹介しとくか。アタシはディジー・シュタール、こっちはダリア。それからこの痴女はカトレアだ。」


「誰が痴女ですか!………まぁ、いきなりあんな事をしてしまっては、言い訳も出来ませんね。」


カトレアと呼ばれた女性は、ふうっと息を吐き、一呼吸おいてから言いました。


「それもこれも、この人が誰それ構わずにあんな事をするから……。それで、彼女の全てを知り尽くした気分はいかが?」


カトレアさんはタカティンさんを睨め付けます。


「ちょっと待て、人聞きの悪い事を言うな。私は何もやましい事などしていないぞ。」


「貴方は記憶のサルベージをされた事が無いからそんな事が言えるのよ。記憶を全て覗かれるのは、その……なんて言うか……とにかく、とても一言で言えるような事では無いの!」


「だってよ。アンタも見境無しにするのはよくないぞ、っと。」


カトレアと名乗った彼女の口振りからは、記憶のサルベージを受けた事があるようです。

もしかして……彼女も彼に?


「ああ、わかったわかった。それよりもだニケー、君の本当の名前を教えてくれ。」


「ふえ? 私の…本当の? えと、……アポフィライト。私の名前は、アポフィライトです。」


今まで混乱していたから気付かなかったけれど、私は私が誰なのか、解る。


私の名前はアポフィライト。

WARESによって製造され、新人類解放軍に鹵獲改造された、電子戦専用アンドロイド。


WARESというのは長いコールドスリープから目覚めた人達が荒廃した世界を再生させるために立ち上げた機関で、私達アンドロイドを生み出したのも彼らです。


私は全てを思い出した。

私は……、私の歌は、WARESの造った無人兵器をその支配下に治めて奪い取り、新人類解放軍の戦力とする為の特殊プログラムを組み込まれている……。


「私の歌は……、私…、兵器、なんですね。私は、ただ、歌うのが……、好きなだけなのに……。」


私は、自分自身の出自に深く失望した。

こんな記憶、知りたく無かった。

思い出したく無かった。


私、私は、歌が好きな、ただの女の子でいたかった。


「でも貴女の歌は、特殊プログラムは未完成。貴女の歌は無人兵器やAIを暴走させてしまう。……とても危険よ。」


「おい! 知っていたのなら、なぜサルベージを止めなかった! ザフィーアは何を考えている!」


「私を、どうするんですか? 私は、殺されるの?」


私は、彼女に聞いた。

私は、まだ生きていたい。

歌が好き。歌を歌いたい。


「それは…、アポフィライトの歌からプログラムを取り除く為。その為にはタカティン、貴方の協力が必要なの。」


私の、特殊プログラムを取り除く……?

それは、つまり……。


「ニケーからプログラムを取り除くのだな?」


「ええ、その為に私達は来たの。」


「私、殺されたりしないの?」


「そんな事はしません。貴女も私達の姉妹なのだから。」


また足の力が抜けて、へたり込んだ。

まだ、生きていられる。


「アポフィライト、歌って下さい。それを私達四人で解析して、アンチプログラムを打ち込みます。」


「でも、私の歌はみんなを狂わせてしまうかも……。」


「大丈夫です。タカティンの演算能力を私達三人とのデータリンクで引き上げれば、決して不可能ではありません。」


「ふぅ、分かった。それならばやるとしよう。ニケー、大丈夫だ。私達がついている。」


その顔は決意に満ちていて、私も信じたくなりました。


「タカティンさん、皆さん……、分かりました。よろしくお願いします。」


「では……、始めよう。」


「はい。」


私は息を深く吸い込み、静かに吐き出してから、そっと歌い出した。


その歌に合わせ、四人の意志が私の中に入って来ます。


私の歌と四人の意志が完璧に調和して、本当に一つの歌になりました。

私を見護るみんなに変化はありません。


ううん、まるで歌に聴き惚れているようでした。


そして歌い終わり数瞬して、拍手。

私の歌を聴き終わった時の四人の素敵な笑顔。


こんなにも幸せな気分になったのは、初めてかもしれない。


「無事にプログラムを解除出来た。これで君は何も心配する事は無い。」


嬉しさのあまり。


「ありがとうございました。」


思わずタカティンさんの胸に飛び込んでしまいました。

そんな私を彼は優しく抱き締めて、頭を撫でてくれました。


それから……


「タカティン、ちょっとお話があります。」


「カトレア、いちいち銃を頭に突き付けるのは辞めろ!」


「あーはっは、これは良い、傑作だ。」


「あらあら、これがいわゆる修羅場というヤツなのですわね」


私が、自分の運命から解放された瞬間でした。



聖華暦818年7月7日 帝都ニブルヘイム 中央大歌劇場


あれから、私はアンドロイド達の秘密結社『ソキウス』によって保護され、ここ帝都ニブルヘイムの中央大歌劇場で歌手としてデビューさせてもらった。


あの人達とは、その時に別れたきり。

結局、私の気持ちを、あの人には伝える事は出来ないままだった。

でも、今はそれで良かったと思ってる。


これは私だけの秘めた想い。

それはきっと届かないのは知っているけど。

でも、いつかまた出会えたなら、その時は、この気持ちを伝えようと思う。


私は歌う。


愛する事を知った、喜びを。

翻弄する運命への、怒りを。

願っても届かない、哀しみを。

貴方と過ごした、楽しさを。


それら全てとの出会いに、精一杯の感謝を込めて君に伝えたい。


私は歌い続けるよ。

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