電子の歌姫 #2
意味が判らなかった。
思わず立ち上がり、後退りそうになる。
「あの……、それはどういう事…ですか? 私が…人間じゃないって、それは…」
「まぁ最後まで話を聞きたまえ。」
混乱仕掛けた私は穏やかな声で宥められ、ふぅっと息を吐いて再び座った。
「君は、目覚めた時から今までの事を全て憶えているかね。」
「全て……、ええ、憶えています。」
「小さな事も思い出せるね?」
「はい、でも…それがなんですか? ごく当たり前の事ではないんですか?」
何か引っ掛かる物言いに、ざわざわと不安が込み上げて来る。
「それに、眠っている時にも意識はあって、何かをぼんやりと考えていたりしないかね。」
「だから、それがなんだって言うんです⁈ 」
私が……私が人間では無い。
彼は確かにそう言った。
であるなら、私はいったい何だと言うの?
「普通の[人]ならば、全て憶えているとか、眠っているのに意識があるという事は無いんだよ。それは余程の異才か、さもなくば人外だという事になる。」
「人外って、それじゃあ……それじゃ私はいったいなんなの⁈ どうして貴方は私にそんな酷いことを言うの? 貴方はいったい、何だと言うの‼︎ 」
不安が口から溢れ出した。
酷い、辛い、悲しい。
彼は、何故、どうして、私を追い詰めるの?
訳がわからない。
「私も、[人]では無いからだ。」
彼がいったいなにを言ったのか、理解出来なかった。
「私はね、『アンドロイド』なのだよ。魂を持たぬ、作り物の人形だ。」
「アン…ド…ロ? なに? なにを、言って…いるの? だって、貴方は私と喋ってる…食事もした。それなのに、人形だなんて、信じられない!」
「どうやら、本当になにも記憶に無いようだな。」
「だからっ! さっきからそう言って…‼︎ 」
<落ち着きなさい。聴こえているだろう?>
急に、私の頭の中に声が響いた。
「なに? なんなのもう! 私は、頭がおかしくなったの?」
<おかしくなど無い。これが、私と君が同族だという意味だ>
頭の中に優しく声が響き渡る。
そこには悪意など感じられなかった。
<私は……その、アンドロイド、というものなの?>
私も、恐る恐る頭の中で聞き返した。
<そうだ。『データリンク』が出来るのはその証拠だ。>
<データ…リンク…>
<今、私と君は意識が繋がっている。君は一人では無いんだ>
私は……私は、一人じゃない。
その言葉に、眼から涙が溢れた。
*
「落ち着いたのかね?」
「ずみまぜん……お騒がせしました。」
さっきまでわんわんと泣いてしまい、ようやく頭の中がスッキリした。
「これで一応は理解出来たと思うが、私と君は同じ『アンドロイド』だ。」
私と彼は同じ……。
その事が、今の私にはなによりも心強く、安心出来た。
私は一人じゃ無いんだ。
「あの、タカティンさん、その…もっと、色々と教えて…くれませんか? 私、もっと知りたいんです。私の事……貴方の事も。」
最後は声が小さくなってしまい、ゴニョゴニョといったふうになってしまった。
どうやらそこは聞き取られなかったようで、なぜかホッとしてしまった。
「今日はもうここまでにしよう。一度にやっても混乱してしまうだろう。もう寝なさい。」
「タカティンさんはどうするんですか?」
「少し仕事が残っているからな。それを片付けてから寝るよ。」
「はい……わかりました。」
タカティンさんに促されてベッドへと潜り込む。
すぐにそのまま……私は眠りについた。
眠っているけれど、タカティンさんがテーブルの上で数冊の本の手入れをしている音を聞いていた。
小一時間ほどすると、彼もテーブルの上を片付けて、もう一つのベッドへと潜り込んでいった。
なぜだか彼の事が、とても気になった。
*
彼と出会ってから三日が過ぎた。
私は銀髪を茶色く染め、服も変えて眼鏡をかけた。
今も彼と一緒にいて、露店の手伝いをしている。
人に聞かれたら、タカティンさんの妹だと言う事にしている。
あの男達は、まだ私を探していたけれど、今の私を私と気が付いていない。
内心はヒヤヒヤしているけれど、彼と一緒なら安心出来た。
でも、私もいつまでも彼に甘えているわけには行かないとは思っている。
なにが出来るというわけでもないのだけれど。
「さて今後の事だがニケー、君の記憶のサルベージを行おうと思う。」
「記憶の……サルベージ?」
「うむ、君の失われた記憶を呼び覚ます。」
それは思いもよらない提案だった。
「それをすれば、私は私を思い出せるの?」
「危険では無いが完全に成功するとは限らない。無論、無理にとは言わない。」
「少しだけ、考えさせて。」
少し、迷ってしまった。
確かに、思い出せる可能性があるのなら、それに賭けたい。
けれど、成功しなかったら?
私がいったい誰なのか、判らないままだったら?
その可能性が、私に躊躇させる。
しばし逡巡。
そして意を決する。
「私、可能性に賭けてみます。タカティンさん、お願いします。」
「判った。では今夜行おう。」
タカティンさんは今日は店じまいだと言って、いそいそと露店を片付けてしまいました。
とても大きな荷物になっているけど、下位巻物の風魔法レビテイトによって荷物を浮かせて、宿の荷物置き場にあっという間に運んでしまった。
部屋に戻り、夕食を終えてから、改めて私達は向き合いました。
「まぁ力を抜いて、楽にしたまえ。」
「……わかりました。」
私は心を落ち着かせる為、何度も深呼吸をしました。
それでも、心臓の鼓動はなかなか落ち着いてはくれません。
「さて、それではニケー、こちらに来たまえ。」
いよいよ、私の記憶のサルベージを行う事になった。
私は期待半分、不安半分といった心持ちです。
「では今からサルベージを行う。気を楽にして、決して取り乱さぬように。」
「はい、よろしくお願いします。」
次の瞬間、私はタカティンさんの腕の中に抱かれた。
「?え? ええ? えええ?」
「今から君の中に入る。」
耳元でそう囁かれ、気恥ずかしさで身体に力が入る。
私は思わず彼の背に腕を回してしまった。
「あ、あの……私、こういうのは初めてで、その……優しく、してください。」
私は何を言っているの?
さらに恥ずかしさが大きくなる。
<聞こえるかね? これから君の記憶のサルベージを開始する。>
頭の中に声が響いて、私が返事をする間もなく次の瞬間、彼が私の中へ、私の意識の奥底へと、深く深く入ってくるのが判った。
彼が、私の奥へ、奥へと、潜り込んで来る。
彼に、私の中をこじ開けられ、掻き回されて、私の知らないところまで、何もかも曝け出される。
身体の芯が、熱い。
ダメ、待って、そんなにされたら私……、どうにかなってしまう!
おかしくなりそう!
<もう少しだ。もう少しだけ我慢したまえ>
彼の声に頭の中が痺れて、それから……
「ダメ、ああ、あぁぁあ!」
頭の中が真っ白になって、私は脱力した。
足に力が入らず、立っていられなかった。
「もう大丈夫だ。終わったぞ。」
「はぁ、はぁ……、あの、私、…あぅ、恥ずかしい……。」
彼の顔を見る事が出来ない。
そのままタカティンに付き添われ、私はベッドに腰を下ろしました。
タカティンさんは、扉の近くで壁に背を預けて、目を瞑って何かを考えているようでした。
「二人とも疲れ様でした。」
聞き慣れない、女性の声が聞こえたと思った直後、扉が開き。
「お久しぶりですね、タカティン・モーントシュタイン。」
タカティンさんの頭に銃を突きつけながら、部屋に入って来た彼女はそう言いました。





