二人の居候 その六
リディアの治療を検討するとは言ったものの、いったいなにをどうすれば良いのか、全く検討もつかない、という手詰まり感が、私達の間で漂い始めていました。
この聖王国には、いえ、おそらく三国中探したとしても、科学技術の排斥されたこの時代には心の傷を癒してくれる精神科医は存在しないでしょう。
ならばどうするか。
『今の時代に再生治療はあるのですか? そうならば、リディアの傷を無くしてしまえば少なくとも原因の一つは解決しますね。』
ならば心の傷の直接的な原因である身体の傷を治療するのが一番手っ取り早いのではと。
そんな発想が出てくるのは、やはり私達が所詮は機械でしかないという証左なのかもしれません。
「再生治療……、そういえば性被害者の救済の為に光魔法を使った治療があるって聞いた事がありますわね。」
『ほぅ、存在するのですね。しかし魔法ですか。今更ですがここがファンタジーの世界なのだという認識はなかなか持てませんね。』
「スクルド、今の魔法はファンタジーなどではなく、れっきとした『技術』です。アンドロイドにはその魔法を発動させる為の理論がイメージが出来ないだけです。」
魔法は技術と言いましたが、魔法を発動させるには明確なイメージ力が必要なのだとか。
そう、アンドロイドはプログラムとデータがその本質。
すでに立証された理論を反芻する事には高い適正を持っています。
ですが、人間のような柔軟な発想力と想像力に乏しいようで、最初のアンドロイドが覚醒してから400年経った今でも、魔法を使えるアンドロイドは現れていないのです。
『それで、その光魔法とやらの治療はどこで受けられるのですか?』
「お前の嫌いな聖導教会だよ。」
ディジィがややウンザリした表情で答えました。
『Fuckin sit! なぜにここに来て不確か極まりない神頼みなどしなくてはならんのですか!』
「まったくだ。」
『女神とか曰うクソビッチに頭を下げてお願いしなくてはいけないなど、なんという屈辱。』
「スクルド、はしたないですわよ。」
しかし、実際のところ光魔法による治療はとても効果的なのも事実です。
かつてのWARESが開発したメディカル・ナノマシンさえも上回るのですから。
それはもはや治療などというレベルでは無く、復元とさえ言っていい。
「ともかく一度、相談をしに行ってみても良いかもしれません。」
「ただ、けっこうふっかけてくるそうですわよ。」
ダリアの言った事は聞いた事があります。
お布施の額で治療の程度が違うなどという事を。
『やれやれ、カルトが金に汚いのはいつの世も同じですか。』
「一応カルトじゃねえけどな。……でもまぁ権力と癒着して腐敗してるのは確かだな。」
「ともかく、マラカイトかネフライトの名前を出せば、ある程度は融通も効くでしょう。」
マラカイトとネフライトはソキウスが聖導教会へ送り込んだアンドロイドで、どちらも司教の地位にいます。
『マラカイト、ですか。そういえば以前に会っていますね。なんとも胡散臭そうなAIだと思っていましたが、なるほど生臭坊主ならば納得です。』
「はっは、そりゃいい。アイツは確かに生臭坊主だよ。そっち側に取り入るように動いてるからな。」
「教会をディスるのはそれくらいにしなさいな。カトレアの眉間の皺が増えてますわよ。」
「ダリア、余計な補足をありがとう。」
ディジィとスクルドの脱線に少しだけイラついていたのは事実です。
*
私達は聖導教会へとやって来ました。
今回は話を聞くだけなので、リディアは連れて来ていません。
ちょうど上手い具合にアハート配下の者達が、ダリアがリディア用に発注した同盟で流行している服を届けに来たので、しばらくの間のお守りを頼んだのです。
リディアの気晴らしを兼ねて、彼女らにリディアを着せ替え人形にしてもらっています。
さて……。
「付いてくる……のは良いけれど、あなた、聖堂教会の神官の言う事に一々ツッコミ入れそうでねぇ……」
『神頼みが嫌い転じて神様を信じる気持ちと言うのは理解できませんからね、助けを求めて祈る時間を自らを助けるために使う方が有意義です。』
私の首から下げたスクルドは臆面もなく言ってのけます。
「判らなくはないけど……本当に自分ではどうしようもない、という事も多いものですわ。それこそ、私たちのリディアへの現状みたいに。」
「実際、薬物治療だってプラセボ狙って偽薬使ったりするだろ? それにさ、どんな困難にも誰にも何にも頼らずに独りだけで解決できる奴が居たとして……そういうのって、人って言えるか? ……アタシは、仮にそういう人間が居たとしたら……構成が生体ってだけで、アンドロイドみたいなもんじゃねぇかって思うけど。」
ディジィが珍しくまともな事を言ったような気がします。
「今珍しくまともな事を言ったとか思ってないか?」
「そうね、たまには真面目な事を言うと感心しました。」
私も意地悪く返します。
ディジィは大袈裟に肩をすくめました。
『無限ループに入りそうな話題になりますね。ですが、超人思想があまりにも現実に合わないのは同意する所です。』
「それじゃあ、お喋りはここまで。行きましょうか。」
私達は顔を見合わせて教会の扉を開き、中へと入ります。
雑務をしている助祭に声を掛けて、司祭へと取り継いでもらいました。
ここから、事態がどう動くかはまだわかりません。
ほんの僅かなりとも、リディアの心を救う手掛かりが得られれば良いのですが。
本当に、神に祈りたい気分です。





