二人の居候 その五
「………私、どこかの小さな村の、小さな教会で結婚式があって……私が……純白のウエディングドレスを着ているの。」
リディアは少しずつ、恐る恐るといった様子で夢の内容を話し始めました。
「目の前にはリヒト君がいて。背中を向けてたけど、リヒト君だってわかったの。一歩前に出ようとした時に、背後から……声を……掛けられて…、振り向いたら、ズタボロの……真っ赤な血の色のドレスを着た私が立ってた……。私…、その姿を見たら、足がすくんで、目を離せなくなって……。」
俯いて、途切れ途切れに話すリディアの表情は判らない。
でも、その声色にはハッキリと絶望が乗っています。
「もう一人の私はこう言ったの。私に似合うのは、その綺麗なドレスじゃない、こっちの襤褸切れでしょう?」
「……。」
彼女の話に私達は何も言えず、ただ聞く事しか出来ません。
「判らない? そんなはずないわよね? 私だもの、忘れたくても無駄よ、忘れられるわけがないもの、どんなに無視しても、私たちの胎にはいつも傷跡があるのよ。……私、やめてって叫んで、でもやめてくれなくて……。」
彼女がどれほど傷つき苦しんでいるか、どれほど深く悲しみ絶望しているか、それすら推し量ることさえ出来ない。
「覚えてるんでしょう? 力づくで敷き倒されて、どんなに泣き叫んでも止めてはもらえず、初めてを力づくで奪われて、それでもその内にそれが気持ちよくなってきて……。私は違うって言ったのに! もう一人の私は……違わないわよ、私だもの、誰よりも知ってるわ。全部諦めた振りをして、快楽に溺れて腰を振っていた事もね。」
リディアの声は段々と早くなり、感情的になっていく。
「幸せになろう、なんて思う事そのものが、大罪なのよ、私にとっては、思う事すら許されない、罪なの。判ったら、もう一度考えてみるのね、現状維持は決して悪い事じゃないわよ。」
そこまで言って、リディアはまた声を殺して泣き始めました。
私はただ、彼女を強く抱きしめました。
「リディア、もう良い、もう良いの。」
けれども、一度堰を切った感情は止めどなく溢れて、彼女の過去を吐き出し続けました。
「私……あそこで目覚めてから、体中を弄られたの……『花嫁』に足る魔力があるから、とかどうとか……。」
メカニカが『聖歌システム』とリンクするディーヴァを『花嫁』と呼称している事は知っています。
それは聖歌システムを搭載した機体との番であるだけでなく、機体の操手の所有物だという事を表しているのです。
「スクルドの身体との相性が良いと判ってから、私はアラドヴァルの『花嫁』として調整されたわ……けれど、アラドヴァルをまともに動かせる操手は、あそこには現れなかった」
『まぁ、私がスリープ状態でしたから、セーフティは働いてましたしね』
リディアの話を補足するように、スクルドが一言。
「……動かない機体と結ばれた『花嫁』は全体のモノとして扱われたわ……身の回りの世話や、食事なんかの準備……それと、夜伽……。勿論、皆嫌がったけど……力づくでされたら、逃げ切れなかった……」
<続けさせて大丈夫なのかよ?>
ディジィも話の内容の重さに彼女の心が潰れてしまわないか、心配でならないようです。
<現状、超の字がつくほど止めるべきです。しかし、彼女のクソガッツを無下にできませんよ>
<スクルド、口調が海兵隊ですわよ>
「私、私は……、こんな、穢れきった私じゃ……、きっとリヒト君も……ガッカリしちゃう。きっと…きっと不幸にしちゃう……、嫌われちゃう。」
これは、もはや呪いとしか言えません。
AIである私が言うのもおかしな事ではあるのですが……。
彼女に科せられた呪いは余りにも重く、こんなにも一人の少女の心を擦り潰してきたなんて。
ですが、彼女の呪いを解く方法はあります。
私は天を仰いで涙を流すリディアの顔を覗き込み、その瞳を真っ直ぐ見つめました。
「リディア、大事なのはお互いを想う気持ちよ。貴女が真っ直ぐに彼を好きだという気持ちに穢れなんて無いわ。」
「でも、でも、私は……。」
「リディア、もしリヒトがぐだぐだ言うんだったらアタシがブチのめす!」
「その時は加勢いたしますわ。」
ディジィとダリアも、リディアの為に、力になりたいという想いは同じです。
*
ひとしきり感情を吐き出したリディアは気を失うように、また眠りにつきました。
彼女の心の傷はとても深刻なものです。
どうにかして少しでも軽減させなくては、彼女自身に悪影響を与えるばかりです。
<カトレア。>
<多重暗号での秘匿通信とは物々しいですね。>
スクルドが私にだけ、リンクを繋いで来ました。
あまり聞きたくない内容なのは容易に想像がつきます。
<それだけ他に聞かせられないという事です……それと、あくまで憶測を多分に含む事ですので。>
<……。>
<搭乗当初にサンプリングした血液サンプルの解析が今出たのですが、Hcgホルモンと黄体ホルモンが同年齢の平均より多く確認されています。>
<……なんてこと……。>
私が人間であったならば、きっと頭に血が昇って怒り狂うか、血の気が引いて気が遠くなるかしてしまっていたでしょう。
それだけ衝撃の大きい情報でした。
<子宮がカラなのは確認していますから残滓でしょう。無理矢理犯されて妊娠、どんな方法かは判りませんが中絶、思春期少女の心を折るにはこの上もありませんね。>
<淡々としたものですね?>
スクルドの抑揚の無い声色に、ほんの少しだけ苛ついてしまう。
<煮えくり返る腸の在庫を尽かしているもので。>
ですが、彼女とて私と同じで、機械であるがゆえに平然としていられる、というだけなのでしょう。
<判りました。それも踏まえて、今後の対策を検討しましょう。>
私達が怒り狂ったところでどうにもなりません。今はただ、リディアの身体と心の治療を優先にすることが重要なのです。





