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二人の居候 その三

聖華暦835年 10月中旬


その日はとても肌寒い日でした。


空を見上げればどんよりと厚い雲が頭上を覆い、季節的にはまだ早いのに、チラチラと雪が降っています。

シャーリアンは湖に面した街。水辺が近い分、より風が冷たくなり、普通の人間ならば身を切るような思いをするのでしょう。


私とディジー、ダリアと、リディアとスクルド、この面子で買物に来ています。

私達三人はコートにマフラーという出立ちで、リディアはそれらに加えて毛糸を編んだ帽子も被り、手袋をはめています。


彼女の身体はナノマシン治療の甲斐があり、ゆっくりではありますが日に日に良くなっています。


ただ、それが根本的な解決に至らない事は解っている為、決して手放しでは喜べない状況でもあります。


「リディアにはこの服が似合うと思いますわ。」


ダリアはフリルがたっぷり飾られたドレス調のワンピースを推しています。


「いやいや、こっちの方が動きやすくて絶対良いって。」


対してディジーはスポーティーなデザインのショートパンツ。


「二人とも、今日はリディアの普段着を買いに来ているのだから、もう少し落ち着いたものを選びなさい。」


「カトレアが選ぶものは地味過ぎますわよ。」


「そうだぜ。」


こういう時だけ意見が一致する二人にため息を吐く。


<やれやれ、女三人寄ればかしましい、とはよく言ったものですね。>


スクルドがデータリンク上で呆れて呟く。

わざわざデータリンクで言う事ではありませんが、直接声を上げなかったのは周囲に気を遣っているのでしょう。


この後も、リディアを挟んで二人の応酬は十数分続きました。


「……おなか、空いた。」


「あぁ、もうすぐお昼ですね。あのお店で済ませてしまいましょう。」


「賛成。」


リディアが空腹を訴えたので、手近にあった食堂を指差します。

それにディジーが同意しました。


「ここのランチはまぁまぁ美味しいですわよ。」


ダリアが言う。


「なんだ、来たことあるのかよ。」


「ええ、いつぞやのデートの時に。」


ダリアは戦闘用アンドロイドの癖に、人間の恋愛に興味を持っており、いつも男性を引っ掛けてはお付き合いと別れを繰り返しています。


おかげでこの辺では『恋多き女性』などと噂されていて、私の悩みの種の一つとなっています。


ともかく、ダリアがお勧めするランチを人数分注文しました。


「奢りの飯はさぞ美味かったろうな。」


「あら、妬いてますの? 貴女もしてみれば良いのよ。存外楽しいものよ。」


「冗談、そんな気はサラサラねぇよ。それよりあんま派手に遊んでると『売女』呼ばわりされるようになるぞ。」


「まぁ品の無いこと。私は誠意ある清いお付き合いをしていますのよ。」


「あーはいはい。」


『本当に賑やかな事で。』


ディジーとダリアのやり取りにリディアはキョトンとし、スクルドが呆れて呟く。

私も正直呆れています。

本当に、私と同一人格がベースのアンドロイドなのか、疑念が生じます。



ランチを食べ終わり、食後のティーを飲みながら、いつぞや会った若い聖騎士の話題をダリアが振りました。


「それにしても、リヒトの朴念仁ぶりには呆れてしまいますわね。リディアに手紙の一つも送ってこないなんて。」


「あー、確かになぁ。まあそういうのは疎そうだったけどな。」


結局、また男女の関係について話題を持っていこうとしている……。


「リディアはどう思ってますの?」


「んー………、よく、判らない。」


ダリアの問いにリディアはしばし考えて、そう答えた。


『あのパイロットに甲斐性を求めるのは酷というものですよ。そこまで気の回るほど余裕のある人物ではありませんからね。』


「ひでぇ言いようだな。」


スクルドの言い様にディジーが苦笑をする。


『パイロットも異性への反応やらリディアの裸を見た時の反応やらからして間違いなく恋人の一人もいた事のない童貞ですから、そこらで百戦錬磨の様な反応を求めるだけ損です。』


「……どーてい?」


「貴女はまだ知らなくて大丈夫な情報ですよ、リディア。」


「実際、リヒトもリヒトですけれどリディア、貴女も貴女ですよ。そういったものはハッキリとしておかないと、相手は察してなんてくれないのですからね。」


「………?」


ダリアからの言葉を聞いたリディアは、よくわからない、という顔をして小首を傾げました。


「要するに、リディアはリヒトの事が好きか嫌いか、って事。」


ディジーが補足しました。


「……どうだろう?」


リディアは俯いて考え込んでしまいました。


「二人とも、もうそれくらいになさい。リディアも困っているでしょう。」


そこで、スクルドが口を挟んできました。


『そうですね、少し例え話をしましょう。仮に、パイロットが。』


「リヒトくん、ね?」


リディアが小さな訂正を入れる。


『判っています、なんで軍用AIハメるなんてできますか……こほん、リヒトが、そうですね、そこのディジーと。』


「おい。」


すかさずディジーが抗議の声を上げる。


『例えです、とにかく、ディジーと二人で出かける所を見た、と考えてみてください? しかも二人ともどこか嬉しそうな表情で……。』


「……すこし、イヤ、かも…。」


これは興味深い反応です。

彼女の他人に対する好意という感情が戻りつつある。


「なるほどなるほど、コレはまんざらでも無いようですわね。」


ダリアが喜色を交えた声で呟く。

またこの子は……。


<ダリア、ディジー、多分恋の話題は、リディアには危険です。>


先程とは打って変わり、スクルドがデータリンクで警告を発した。


<興味はありそうに見えますけれど?>


<彼女の感情にはリミッターが課せられているのを忘れないでください、恋の様な強い複合的な感情が一気に芽生えれば、緩んだ枷を一気にぶっ壊す可能性が考えられます。>


<願ったりじゃねぇのか?>


<そうですわ、その意味では決して悪い事では……。>


<一気に溢れた感情で混乱して、精神にダメージが来るかもしれません、或いは、今の状況だからこそ思い出し方が弱い傷が、一気にぶりかえすか。>


なるほど、私はスクルドの言葉に得心した。

おそらくはリディアの僅かな変化に気がついたのでしょう。


<PTSDですね、確かにその心配はあるかもしれません……。>


あまり事を急いてはいけない、という事ですね。


「じゃあ話を変えますけど……カトレア、あの人が贈ってきた指輪、まだ嵌めないのかしら?」


急に私に話題を振ってきたせいで、飲みかけた紅茶を危うく吹き出すところでした。


「……急に何を言い出すんですか! それは今関係無いでしょう! 」


「いやぁ、カトレアも婚約してるんだし、ちゃんとそういうのはしておいた方がいいんじゃないのかなぁ? 」


ダリアの話にディジーがニマニマと乗ってきました。

この二人、本当にこういう時だけ……。


「ぉほん、別に、それをどうするかは私の自由です。そうだからと言って、必ず身につけていなければならない決まりもありません。」


『おやおやおやおや、カトレア、その情報を秘匿されていたとは心外ですね。今後の為にも是非とも共有していただきましょうか。』


ダリアとディジーが余計な事を言い出した為、スクルドが悪ノリを始めてしまいました。


どうにかして話題を逸らさなくては。


「……どーてい、の攻略法、なんかも経験、あるの? カトレアさん。」


「ごふっ! 」


リディアが突然、至極無邪気な顔でとんでもない事を聞いてきた為、咽せてしまいました。


「!」

「!」


これにはディジーとダリアも思わず固まってしまっています。


「り、リディアさんが壊れました!?」


私も流石に狼狽し、取り乱してしまいました。


<落ち着いてください、カトレア……今、リディアの脳が恐怖の反応と一緒にいくつかの記憶を再生しているようです。>


<……思い出したくねぇ記憶ってこと?>


スクルドの言葉にディジーが問いかけます。


<少々、花も恥じらう乙女に言うには憚られる内容のようですね。脳波も変な動きをしていたから、魔法か、それとも催眠か……。>


<メカニカの、口に出すのもはばかられるセーフティって感じですわね。>


ダリアが忌々しげに呟く。

私も落ち着きを取り戻しました。


<……スクルド、パターンを記録しておくことは出来ますか?>


<魔法ならお手上げですが、こっちはお家芸です、既に記録済み、共有します。>


<防衛本能、か……手掛かりになればいいですけど。>


なんにせよ、話題が逸れた事には感謝しつつ、リディアに施された忌々しい処置をなんとかしなければと、改めて思いを強くしました。

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