二人の居候 そのニ
聖華暦835年 9月末
リディアとスクルド、二人の居候がやって来て一ヶ月近くが過ぎようとしていました。
正直言って、リディアの身体の調査は芳しくありません。
やはり、魔法による改造というのは科学によるそれとは別物で、ソキウスにもデータがありません。
結局はほとんど手探りの状態です。
彼女の身体に検査機器を取り付け、休憩を挟みながらも数時間は検査を繰り返す。
彼女への身体的な負担も少なくは無く、何度か熱を出して寝込んだりもしています。
それと改造の後遺症の為、彼女の身体は著しい魔素不足が確認されています。
新人類はその体内に魔力臓器と名付けられた器官を持ち、大気中に漂う魔素を呼吸とともに吸収しています。
それらを魔力臓器でエーテルへと変えて、蓄積する様になっているのです。
ですが、今の彼女は蓄積したエーテルを常人よりも早いペースで消費しています。
その為、いわゆる『魔力切れ』を起こしやすくなってしまっているのです。
魔力切れを起こすと、極度の貧血のような症状に加えて、空気中の魔素を無理矢理取り込もうと過呼吸を起こし、神経系の乱れから体の痙攣などが現れます。
そして、それを放置するとやがて死に至ってしまう。
それに加えて、彼女の場合は体組織、特に末端の毛細血管から循環器系に至る部位が崩壊を起こしてしまう事も、今回の検査で判明しました。
よって魔力切れを起こさないよう、最低でも三日に一度、生理液化魔素溶液100mlを点滴で摂取させている状態です。
「生理液化魔素溶液って、飲むとゲキ不味いんだよなぁ。」
ディジーが顔を顰めて言います。
「本当に、女の子の身体をなんだと思っているのでしょう。これをやった奴らは万死に値しますわね。」
ダリアはリディアの検査結果に目を通しながら毒突く。
「いずれメカニカには相応の報いを与えねばいけませんが、今は彼女の方が先決です。」
私も彼女の検査結果を精査しながら、思案を巡らせる。
こんな時、自分達が演算能力の低い戦闘型である事が恨めしく思ってしまいます。
いくら三人でデータリンクを繋ぎ、思案を重ねても、良い打開策が出て来たりはしません。
『機体も無いので一切問題はないですが専門が違いすぎるので本当に場所を提供するしかできません。一応その気になったらハッキングした無人機を1小隊動かす程度の処理は可能に作られてますが。』
と、スクルドの提案で彼女の演算領域も貸してもらい、思考を拡大してはいますが、それでもやはり……。
お母様は私達よりも演算能力が数段高い斥候指揮官型ですから、お母様ともデータリンクを繋げば、もっと良い方法も見つかるかもしれません。
けれども、今お母様はシャーリアンを離れています。
それと、リディアがやって来るのと入れ違いで行ってしまったあの二人、お母様と同じ斥候指揮官型のあの人と、アンドロイドを遥かに凌駕する演算能力を持つLCEの彼女が居てくれたなら、きっと迅速に解決策を講じる事が出来たでしょう。
ですが、それは無いものねだりでしかありません。
今は、私達に出来る事をするしかないのです。
*
「メディカル・ナノマシンを使ってみようと思います。」
『ナノマシン治療ですか。それはどこまで有効なのですか? ちゃんと人体実験は済んでいるんでしょうね?』
私達の提案に、やはりスクルドは疑問を呈して来た。
メディカル・ナノマシンはWARESが研究開発を行なった極小の医療用マシンの事です。
患者の体内にこのナノマシンを注入し、病巣の除去や傷などで失われた部位と置き換わり、細胞の再生を促して治療を行うように出来ています。
そして、ナノマシンは暴走しないように3日で機能を停止して、体外に排出されるようになっています。
大概の怪我や病気は、この3日のうちに治療出来てしまうのが、ナノマシンの優れた点ではあるのです。
「安心なさい。開発された800年前にはキチンと性能評価も終わって人体に使用されていた物よ。」
『そのような骨董品が信用出来るのか、という話です。』
彼女の言う事ももっともな事ではあります。
製造されてから800年も経過した代物なのですから。
しかし、これらが正常に作動するかは検査済み。
安全性は問題ありません。
「骨董品というのなら、私達も同様なのではなくて?」
意趣返しとばかりに、彼女に皮肉をぶつける。
『……ふむ、たしかにその通りではありますね。ではその事は問題にしないとして……、実際のところ、どの程度までリディアの身体を治療出来るのですか?』
「そうですね。おそらくは末端の毛細血管などの崩壊を防ぐのが精一杯、といったところだと予想されます。」
現状での検査結果から得られた結論を正直に言う。
『つまり、これほどの高度な科学技術の結晶であるナノマシンを持ってしても、完全な治癒には程遠い、というわけですか。』
本当に、忸怩たる思いとはこの事なのでしょう。
私達を創造した造物主、旧人類は大変に高度な科学技術を有していた。
しかして、彼らは自らの驕りによって新人類を生み出して……、そして敗れて消え去った。
そんな彼らが生み出した私達は、所詮は万能にも程遠い。
『それでも、なにもしないよりはマシ、という事だけは理解しました。高度な演算能力を持つAIがこれだけガン首揃えてこの程度というのは、なかなか笑えるじゃありませんか。』
「そりゃお前も含まれてるのか?」
ディジーが陰の込もった声でスクルドに聴きました。
『無論です。私もそれを弁えないほど自己評価を持ち上げたりはしませんよ。』
「さぁ、もう良いでしょう。我々が苛ついていても仕方がありません。リディアを救ってあげたいというのは我々の共通認識なのですから。」
皆の顔を見渡します。
皆も無言で頷き、意思の確認を取る。
と、いっても私の他にはディジーとダリアだけ。
スクルドに至っては通信で繋いだスピーカーからの声だけという状態ですが。
*
リディアをゆったりとした1人用のソファに座らせ、彼女の前でメディカル・ナノマシンを用意しました。
彼女の表情は相変わらずの無表情……では無く、幾分かの疲労、そして、不安。
こうも連日の検査と投薬を繰り返していれば、否が応でも疲れも出てしまうのは仕方がありません。
それに、彼女はメカニカにされていた人体実験の事を思い出してしまったようで、昨日は突然泣き出してしまい、その日の検査とナノマシン治療は諦めたのです。
その晩にようやく気が落ち着き、きちんと説明をして、そして今日。
全身に検査用のセンサーや電極を貼り付け、彼女も不安を押し殺して、どうにか座って待っている状態となっています。
「リディア、今からナノマシンを打ち込むけど、嫌なら嫌って言って良いんだぞ。」
ディジーが心配そうに彼女に声をかけます。
私としても彼女の治療は優先したいところですが、彼女の意思は尊重してあげなくてはいけません。
「…ううん、大丈夫。頑張る。」
そう言って、リディアは目を閉じて、自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
「じゃあ打つわ。チクッとしますわよ。」
ダリアがリディアの右手をとり、静脈へと注射針をゆっくりと射し込む。
針が入る瞬間にリディアの眉がピクリと動く。
「はい、お終い。」
針を同じようにゆっくりと引き抜いて、ダリアはリディアの頭をそっと撫でた。
『で、この後の変化は?』
「外見的には判らないでしょうね。後はこのままいつものように経過観察をするしかありません。」
『スキャニングセンサの一部をリディアの状態確認に回します、私の本体をシャツの内側に入れて貰う必要がありますが、まぁお互い、何を今更ですね。』
ではお願いしましょう。
私はそう言って、スクルドのインストールされたネックレスをリディアのシャツの内側へと入れました。
「全く、ただ待って観察しか出来ないというのは、どうにも歯痒くていけませんわね。」
どうしようもない現状に、ダリアもウンザリという風にもらす。
せめて、メディカル・ナノマシンが期待以上の効果を発揮して、彼女の治療が劇的に進んでくれるのを願ってやみません。
私は苦笑しました。
まったく、神や奇跡などと程遠いアンドロイドだというのに。





