二人の居候 その一
聖華暦834年9月 聖王国領シャーリアン
私はカトレア・シュタール。
アンドロイド達が結成した秘密結社『ソキウス』に所属する戦闘アンドロイド『フロイラインズ』の長女。
今はザフィーアことモリディアーニ・シュタールの『娘』として、聖王国領シャーリアンで暮らしています。
そして今日、我がシュタール家に『ワケあり』な二人のお客様が来た。
「はじめまして、私はモリディアーニ・シュタール。ようこそ、シャーリアンへ。二人とも疲れたでしょう。」
二人を迎え入れ、まずはお母様が口を開いた。
『まぁ私はリディアの首にぶら下がっているだけですので疲れたという感覚はありませんが。』
二人と言ったけれど、正確には一人の新人類の少女と、それから人格型AIという方が正しい。
目の前の華奢な少女、その首にぶら下がっているやや大きめのネックレスから、感情の籠らない無機質な女性の声が響く。
ネックレスは聖導教会で入手する事が出来る、三女神教のシンボルを象ったもので、この聖王国ではよく見かける代物。
でも、その中には記憶媒体が内臓されており、ある女性型の人格がインストールされている。
「スクルド、貴女が良ければ素体を用意させますがいいがかしら?」
『謹んで遠慮させてもらいます。私は今のままで不自由していませんし、アンドロイドになって人間の物真似をしたい訳ではありませんので。』
なんと皮肉屋なAIなのでしょう。
私達アンドロイドを人間の物真似などと。
……そんな事、はじめから承知している事なのに。
まぁそれはどうでも良いでしょう。
私は、口の悪いAIを首から下げて会話に入ってこない少女の顔を見た。
彼女は無表情にお母様を見つめている。
美しいプラチナブロンドの少女の名はリディア・トゥエイニー。
とある事情により、彼女に付けられた仮初めの名前。
彼女の本名は、ここへ来るまでの間の誰もが知らない。
彼女は可哀想な子だ。
彼女は魔導器排斥を掲げて三国で暗躍する犯罪組織メカニカによって、その人生を滅茶苦茶にされた犠牲者なのだ。
しかも、その原因の一端は私達ソキウスが開発した『聖歌システム』をメカニカに奪取された事にある。
詳しい説明は省くけれど、『聖歌システム』はそれに適合した特殊仕様の機兵を安定して稼働させる為に『ディーヴァ』という制御装置が必要となる。
彼女はその制御装置としてメカニカに『改造』されてしまった。
彼女は幸運な事に、聖王国軍によってメカニカから救出され、ソキウスの裏工作によってここへ連れて来られた。
もちろん、彼女の調査と治療の為に。
彼女は特殊な魔法と薬剤を使用した改造の副作用で、定期的に生理液化魔素溶液による魔素の摂取を行わなければ、魔力バランスを崩して体組織が崩壊してしまう。
私は機械であるけれど、年端もいかない少女にこのような仕打ちを行ったメカニカと、自分達の作った技術がその原因の一端を担がされている事実に、目の前の少女を元通りにしてあげる事も出来ない非力さに、苛立ちを覚えてしまった。
*
「では、この部屋を使ってください。他に必要なものがあれば遠慮なく言ってくれて構いません。」
私は、人形のような少女を部屋へと案内した。
この子の感情は希薄だ。
「うん、ありがとう。」
その言葉に抑揚は無く、事務的に反応しているように思える。
『もっと簡素な部屋、というか独房などを想定していましたが、意外にも並以上の水準ではありませんか。』
「私達をなんだと思っているんですか? ここは来客用の部屋です。」
本当に、このAIを設計したエンジニアの顔が見てみたい。
ふと、リディアが私の顔を見ている事に気がつく。
感情の乏しいその表情からは、彼女が今何を考えているかを読み取る事は難しい。
「どうかしましたか?」
あえて、彼女に問いました。
「………私はこれからどうなるの?」
その疑問を口にした彼女の瞳に、僅かに警戒心が滲んでいるのが見て取れました。
今の彼女の疑問は当然の事でしょう。
メカニカには改造をされ、実験中に救出、そして戦闘の直中に放り込まれ、今度は見知らぬ土地に連れてこられて。
運命にたらい回しにされた彼女は、これから自分がどうにかされるのではないかと、不安を抱くのには十分すぎるほど、状況に流されている。
「まずはゆっくりと休みなさい。それから……貴女の身体を調べさせてもらいます。それは貴女がメカニカに施された改造がどのようなものか、治療が可能かを調査する為です。」
この言葉には嘘は無い。
無いけれど、彼女の身体を元に戻せるかは甚だ疑問ではあります。
なぜなら、改造とはいっても物理的な施術では無く、魔法と投薬による魔力臓器などの魔力バランスを著しく弄られたものだから。
私達ソキウスの持つ科学技術では魔法に関する問題を解決するにはデータが圧倒的に足りない。
「不安ですか?」
「……よく、……わからない……。」
彼女の表情が曇る。
自分自身に困惑している、という風に見えて、私は少しだけ安心しました。
前述したように、彼女は改造を施され、その結果として感情の欠落、いえ、正確には感情に蓋をされた状態となっています。
そして、ここへ来るまでの間の出来事で、その内の幾つかの蓋が開きかかっているようでした。
その為に自分でも判別のつかない感情の発露が発生している状態なのでしょう。
そんな彼女を、私は柔らかく抱きしめます。
「……なに…? 」
「大丈夫、私達は貴女の味方です。今は何も考えず、ゆっくりお休みなさい。」
「……うん。」
心なしか、彼女の表情から警戒の色が薄まり、私は部屋を出ました。
数歩歩いたところで。
<カトレア、先ほどのパフォーマンスはどういうつもりなのです?>
スクルドが私にデータリンクを繋ぎ、先ほどの行為の意図を問うて来ました。
私は歩きながら返事をします。
<どうもこうも、貴女の言うところの『人間の物真似』ですよ。>
ふと、人間観察を趣味とする物好きなあの人の事が脳裏を掠める。
<なるほど、伊達に人間に混じって生活している訳ではないようですね。>
本当に嫌味なAIだこと。
<どうやら貴女方は多少は信用出来そうですね。リディア共々、当分お世話になりますので、よろしくお願いします。>
スクルドはそう言い、データリンクを切った。
「厄介なお客様を迎えてしまったものですね。」
私は独り言ち、通常業務に戻るべく、外へ出かけた。





