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第32話 変わった客とコーヒーカップ

聖華暦838年10月 自由都市同盟領 中央都市アマルーナ


今日も今日とて、この巨大都市は[人]がとにかく多い。

二週間、アマルーナの東地区の広場で露店を開き、多くの人が露店に並ぶ[本]を観て、買って、売って行く。


[人]の数が多ければ多いほど、やはり商いは捗る。

商いと同時に客達の反応を観察出来て、実に効率が良い。


やはり大都市は面白く、興味深い。

実に様々な者達がここに来ては様々に反応を観せてくれる。


今日も今日とて、変わった客が来ているのだ。


「……ふむ……、これは科学の基礎教本か、状態は良いな……、なんとっ、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ揃っているではないか!

む、こっちの化学論文……、ほほぅ、これは持っているが欠けていた情報が載っている……。」


ボサボサ頭にヘッドセット、大きな丸眼鏡が特徴的な痩せた男がブツブツと独り言を言いながら、露店の[本]を物色している。


見た目ではアレなのだが、ヨレヨレだが上等の白衣を着ているところを観ると、それなりに地位のある技師だと判る。

それに選んでいる[本]はどれも旧世代の発掘品、その中でも科学技術に関連した物ばかりだ。


「店主、他にもこう言った書籍は無いかね?

あるならあるだけ買おう。」


「お客さん、随分とご執心ですね。科学技術に興味がおありですかな?」


「まぁ、そんなところだな。

それより有るのかね?無いのかね?」


この客はどうもせっかちなようだ。

思いがけず欲しい物が見つかり、興奮しているようでもあった。


「揃えるので少しお待ちを。

リヴル、こちらのお客さんにお茶を淹れてくれるか?」


「分かったのですよ。ちょっと待ってて欲しいのです。」


「ああ、お構い無く。」


私は露店に並べた数多くの[本]の中から、科学技術に関連する書物を抜き出していく。

ここに並べている[本]は、タイトル、内容、並べた順まで記憶している。

集めるのにさほど時間はかからないだろう。


「お待たせなのでっ、わわっ、きゃっ!」


リヴルが尻餅をつくと同時にバシャリ、と音を立ててコーヒーカップが地面へと落ちた。

その横を黒い影がスッと横切っていった。


「どうした、リヴル?」


「うぅ、ごめんなさいなのです。

足元を横切った猫さんに驚いて、カップを落としてしまったのですよ。」


「お嬢さん、怪我は無いかね?」


「大丈夫なのですよ。」


地面に落ちたコーヒーカップは割れてしまっている。

リヴルにも怪我は無い。

本にコーヒーがかかっていないのは幸いだ。


「ふむ、割れてしまったか。

仕方ないな、私が片付けておこう。」


「むぅ、ごめんなのです。」


「もう気にするな。」


しゃがんでカップの破片を拾い始めた時だった。


「む?お、おお、それは!

すまない、ご主人!そのカップを少し見せてくれまいか?」


事の成り行きを見ていた客が急に慌てた声を上げて、カップの破片へと顔を近づけて来た。

私は訝しんだがカップを破片ごと客へと差し出した。

客はカップを受け取ると丹念にそれを調べ、こう言い出した。


「ご主人、これを何処で?

いや、そんな事はこの際どうでも良い。

このカップ、私に譲ってくれまいか。どうしてもこのカップが必要なのだ!」


いったい何を言い出すのかと思えば、割れたカップが必要だと言い出したのだ。

怪訝に思う反面、それはとても興味深い。

いったい何故、この割れたカップを欲しがるのか?


「譲るのはやぶさかではありませんが、理由をお聞かせ願えますかな?」


「あ、ああ……すまない。つい興奮してしまった。

私の見立てに狂いが無ければこのコーヒーカップ、これは旧世紀の発掘品ではないかね?」


ほう、確かにその通りだ。

まぁもっとも、私がベースキャンプとして使っているケイブ・セクター06に残されていた備品を持って来て使っているだけではあるのだが……

WARESで使われていた物は、禁忌の地を出れば押し並べて発掘品になってしまうか……


「私は…、そう、旧世紀の発掘品を蒐集しているのだよ。

だから、これを譲って欲しい。相応の謝礼は用意する。

どうだろうか?」


一部、何かを隠しているように見受けられた。

だが、蒐集しているのは本当だろう。

どんな意図があるかは判らないが、割れたコーヒーカップ一つ、譲ることを拒む理由も無い。


「解りました。いいでしょう、お譲りします。

しかし、割れたカップです。これはただで差し上げますよ。

沢山の[本]を買って下さるので、これはオマケです。」


そう言って、私は一抱えある書籍十数冊の束を差し出した。


「おおっ、こんなにあるのか!素晴らしい‼︎

…だが一人では運べそうに無いな……。

すまないが人手を借りて来る。それまで、この書籍とコーヒーカップは置いておいてくれたまえ。」


そう言って、この変わった客は駆け足で露店を離れていった。

何故だが、昔よく似た少年がいたのを思い出した。年齢的には……ひょっとすると……


「割れたカップが欲しいなんて、変わったお客さんなのですよ。」


「ふむ、全くだが蒐集家(コレクター)というのは、大概はあんなものだろう。」


「世の中広いのです。」


天を仰ぎ、[人]の世は興味深い、そう思った。

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