第31話の3 カンナヅキ祭 本番
日が傾き、世界が薄明かりに包まれる時分。
街には色取り取りの灯りが溢れ、昼間にも増して人々の往来が活気付いている。
昼間はまだ準備中だった屋台も全て開いており、様々に香りを漂わせている。
林檎の果実を甘い飴で覆った『林檎飴』。
鯛の形を模り小麦粉の皮で餡を包んだ『たい焼き』。
ザラメを溶かしてふわふわの綿のようにした『ワタアメ』。
丸く焼いた生地の中に魚介類の蛸の足を入れた『たこ焼き』。
カナド地方から伝わったラーメンの麺を具材と一緒に炒めてソースを和えた『焼きそば』。etc etc………
とても目新しい為か、次から次へと買っては食べ、食べては買い……リヴルの買い食いが止まらない……
「………なあ、リヴル。
いくらなんでも食べ過ぎではないか?」
「むぅ……そんな事は…無いのですよ。」
そう言いながら、リヴルは私から視線を逸らしている。
「食べるなとは言わんが、ほどほどにするんだぞ。」
「判ったのですよ。」
チョコレートをたっぷりと絡めた『チョコバナナ』を美味しそうに食べながら判ったと言われても、説得力はまるで無いな。
でもまぁ、折角の祭なのだ。
今日くらいは大目に見てやるか。
「タカティン、タカティン、射的があるのですよ。やりたいのですよ。」
いつになくはしゃぐリヴルが袖を引っ張り訴えかけてくる。
本当に子供のようだ。興味深い。
「何か欲しい景品があるのか?」
「あの縫いぐるみが欲しいのですよ。」
居並ぶ景品の中、中段の棚の左から四番目にデフォルメされた犬と思しき縫いぐるみを指差して示した。
「やってみると良い。ただし、3回までだぞ。」
「了解なのです。リヴルの射的の腕を見るのですよ。」
リヴルは露店のオヤジに金を払ってライフルを模した射的銃を受け取ると、先端にコルクの弾を器用に詰めて狙いをつけ、引き金を引き絞った。
ポンっ、という軽い音ともにコルクの弾は解き放たれ………
ポフっ、という軽い音を立てて狙いの縫いぐるみの隣、キャラメルの箱に当たって棚の下へと落とした。
「おー、お嬢ちゃん、上手いねぇ。」
「むぅ、狙いが逸れたのですよ。今度こそ仕留めるのです。」
二発目は縫いぐるみの下、ちょうど棚に当たって弾かれた。
三発目は縫いぐるみの足に当たったが、僅かに動いただけで、景品を落とすまでには至らなかった。
「むうぅ〜、悔しいのです。タカティン、あと一回だけお願いなのですよ〜。」
「駄目だ。」
「むぅ〜。」
切実に訴える様に、じっと私の目を見つめて来る。
全く……
「今度は私がやろう。」
「毎度〜。」
金払い、射的銃を掴む。
構えて狙いをつける。
引金を引き、コルクの弾が打ち出される。
当たったのはリヴルが当てた足の同じ場所。
やはり少しだけ動くのみ。
二発目も全く同じ場所に当てる。
縫いぐるみの足が棚からはみ出て、バランスが悪くなる。
露店のオヤジの顔色が僅かに変わる。
リヴルも固唾を呑んで縫いぐるみを見つめている。
三発目、狙い過たず先程と同じ場所に当て、ついに縫いぐるみは棚から陥落した。
「やったのです、凄いのですよ〜。」
リヴルが飛び上がって喜んだ。
「あ〜、やられた!
お客さん、大したもんだよ。持ってけドロボ〜!」
縫いぐるみを露店のオヤジから受け取ると、それをリヴルへと差し出した。
「ほら。」
「嬉しいのです。ありがとうなのですよ、タカティン。」
縫いぐるみを受け取るとそれをぎゅっと抱きしめ、とても嬉しそうに笑顔を浮かべた。
なんとなくリヴルの頭を撫でたくなり、右手でそっと頭を撫でた。
「んふふぅ〜。」
リヴルはさらに嬉しそうに笑った。
ドォンっ、と音を響かせて、鮮やかな光の華が夜空を彩る。
周りの人達も足を止めて夜空に視線を移している。
色とりどりの花火が咲いては散り、その幻想的な景色を目を輝かせてリヴルは眺めている。
「すっごく、すっごく綺麗なのです。」
「あぁ、これは見事なものだ。」
やがて花火は止み、再び地上は動き出した。
「おひとつ如何ですか?」
不意に目の前に小さな杯が差し出される。
その中には水を思わせる様な透明な液体、しかし、不思議と甘い香りを漂わせている。
「これはお酒ですか?」
「はい、カミナの里で採れたお米から作った吟醸酒です。
美味しいですよ。どうぞ一口。」
正直、アンドロイドにとって酒は不純物の入った水と同じだ。
電脳はアルコールで酔う事は無い。
ただ、身体はアルコールを分解する動きをする為、外観上は顔が紅くなったりと酔った時の反応が出る。
そういう訳で普段は酒を飲んだりしないのだが、今日は祭なのだ。
「では一つ頂こう。」
「はい、ありがとうございます。」
「タカティン、リヴルも飲んでみたいのですよ。」
「リヴルに酒はまだ早い。」
杯を受け取って、まず香りを楽しむ。
米から作ったと言うが、果実酒を思わせる豊かな甘い香り。
一口含むとしつこく無い辛さとほのかな甘味、スキッとした切れ味はとても飲み易い。
これは間違いなく『美味い』部類に入る酒だ。
「むぅ〜ズルいのですよ〜。」
リヴルが頬を膨らませる。
「あなたには甘酒ね。はい。」
湯気をあげる純白の飲み物を満たした杯がリヴルに手渡された。
「こっちは吟醸酒を作った時に出る酒粕から作ってるんです。
甘くて美味しいから、お酒が飲めない人でも楽しめますよ。」
「良い匂いなのです。
甘〜い、美味しいのです。」
リヴルは甘酒がすっかり気に入ったようで、とてもご機嫌になっている。
他にも多くの人がここで酒を楽しみ、土産として買って行っているようだ。
チビチビと酒を嗜むのも悪くは無いな。
「この銘柄を一瓶頂けるかな?
その甘酒も一緒に。」
「はい、ありがとうございます。
今お包みしますね。」
衝撃で割れないよう、クッション代わりに紙で梱包した瓶を二つ受け取り、私達は祭の人混みへと戻った。
「むふぅ、とっても楽しいのです。」
「ふふ、様々な出し物と祭の参加者の様子は実に興味深い。」
さて、あとはどこを観て回ろうか。
そう思って周りを見渡した時だった。
山の頂き、『威ノ地の社』のある場所から光の柱が立ち昇った。
多くの者がそれに気が付き、足を止めて光を見つめる。
これも祭の演出か。そう思ったが、どうも様子がおかしい。
「なんだアレは?」
「社のあたりからだ…。」
街の者達がざわめき出していた。
「皆さま、申し訳ありません!
予定に無い事態が発生しております。自警団の指示に従って、避難をお願いします!
誠に申し訳ありません、慌てずにこちらへ非難してください!」
自警団の者達が大声を上げて避難誘導を始めた。
小さな混乱が起こったが、皆、指示に従って移動して行く。
私もリヴルと逸れないようにリヴルの手をしっかりと握り、一緒に避難をした。
程なく光は消え、安全が確認されたのだろう。
祭は再開された。
「ふむ、あれはなんだったのだろう。気になるな。」
「きっと神様がお祭りに参加したくて降りて来たのですよ。」
「ふ、リヴル、面白い事を言うな。
そういう考えも、まぁ、アリなのだろうな。」
その日、私達は祭が終わるまで街を巡って回ったのだった。





