第31話の2 カンナヅキ祭 当日
午前5:30
遠くどこからか聞こえてきる鶏の鳴き声と共に、
「ぅう〜ん……」
布団の中で伸びをして、
「おはようなのですよ。
今日も素敵な1日の始まりなのですよ。」
そう言って、リヴルは起き出した。
「ああ、おはよう。」
私も横になったまま答えた。
リヴルは窓辺へ行き、薄く明るくなってゆく街並みを見下ろしている。
私も起き上がると、その横へと並んだ。
徐々に溢れ出す朝の光に合わせるかのように、街の人々も少しずつ動き出している。
「今日はカンナヅキ祭か……」
「タカティン、リヴルは今から待ち遠しいのですよ。」
満面の笑みでリヴルが言う。
「気が早いな。まだ日が昇ったばかりだぞ。」
「楽しみなものは楽しみなのですよ。」
実に楽しそうだ。
とは言え、まだこんな時間だ。朝食にも早すぎる。
「タカティン、リヴルはまた温泉に入りたいのです。」
「朝風呂か……
時間もあるし、そうするか。」
「リヴルは先に行ってるのですよ。」
そう言って、洗面用具を持ってさっさと部屋を出て行ってしまった。
忙しないな、アイツは。
私も旅館の客や中居の観察がてら、温泉へ行く。
流石に時間が早いので、人は少ないだろうと思っていたが、案外と早起きしている客は多いらしい。
脱衣所の籠は半分近くは埋まっており、浴場にも思いの外、人はいた。
客達は思い思いに温泉を楽しみつつ、今日の祭を待ち侘びているようだ。
そこかしこで祭についての話し声が聞こえる。
ゆっくりと湯舟に漬かり、彼等の様子を観察しながら、今は私達も彼等と同じ『カンナヅキ祭』を観に来た客なのだな、と考える。
今すでに、祭は始まっているのだな。
雰囲気でそう感じた。
………おっと、長考したようだ。
昨日も遅いとリヴルに怒られたところなのだ。
これくらいにして部屋へと戻るとしよう。
*
部屋に戻るとリヴルはすでに戻っており、また窓辺から、賑やかになりつつある、朝の街並みを眺めていた。
「むぅ、遅いのですよ。アンドロイドの癖に長風呂なのですよ。」
私に気が付いたリヴルが頬を膨らませて叱責してくる。
「ああ、すまない。」
「もうすぐ朝食を持って来てくれるのですよ。食べたら着替えて、街を散策するのですよ。」
「そうだな、そうしよう。」
そう言って、私もリヴルの側へ行き、窓の下を眺め始めた。
と、リヴルが腕にしがみ付いてくる。
「どうした、リヴル。」
「なんでもないのですよ。」
そのまま頭を私の肩に預けるように寄りかかってくる。
空いている方の手で、リヴルの頭をそっと撫でた。
「おはようございます。失礼いたします。」
中居が朝食を持って来たようで、戸を開き、中へと入って来た。
「あぁ、申し訳ありません。これは失礼致しました。
その、朝食を運んでもよろしいでしょうか?」
何が失礼なのか?
一瞬考え、今の私達が寝衣姿で寄り添っている状況から、そういう風に受け取ったのだろう……
一応、念の為、私とリヴルは肉体関係は持っていない。
そもそも、機械であるアンドロイドには性欲というものが存在しない。
LCEがどうであるかは、これからのリヴルを観察する事で解ってくるだろう。
そしてそれ以前に、アンドロイドもLCEも生殖能力を持っていないのだ。
なんにせよ、私達の間にそういった情事など無縁なのだ。
………だが、もう面倒になったので、いちいち訂正はしない。
「ええ、お願いします。」
「どんな朝食か、楽しみなのですよ。」
リヴルは朝食がテーブルに並べられる様を間近で見るように、席へと座り込む。
私も向かいに座り、程よい量の朝食が並ぶのを眺めた。
*
朝食後、再び窓から街が活気付いてくるのをひとしきり観察した後、私達はまた街へと繰り出す事にした。
リヴルは寝衣を脱ぎ、下着姿となったところで寝衣を胸の前で抱きしめてから、こちらを見て、
「タカティン、エッチなのです。」
と、言った。
「いいから、サッサと着替えろ。」
「ムフ、照れなくても良いのですよ。」
悪戯っぽい笑みを浮かべている。
本当に、コイツはこういう事をどこで覚えて来ているのだろうか……
度し難い……
リヴルの行く末が心配だ。
*
私達は通りを抜け、真っ直ぐにある場所を目指した。
町外れの山へと向かうその道を辿って行く。
「この先の山に『威之地の社』という、この土地の神である『チノヨリヒメ』を祀る場所があるそうだ。」
「そこが今日のお祭の要なのです?」
以前、この街に立ち寄った際に、その社の場所は教えてもらっていた。
「まぁ、そういう事になるな。だが関係者以外の立ち入りは禁じられているそうだから、せめて麓まで行こう。」
「むぅ、神様の住まいを拝見出来ないのです?
それは残念なのですよ。」
そんな話をしながら歩き続け、目的の山の麓、山道の入口が見え始めた時、数人の男達に呼び止められた。
男達は護身用程度の武装をしている。
だが、山賊の類などでは無く、カミナの里の自警団の者達であった。
「あんた達、観光客か?
申し訳ないが、この先は立ち入り禁止なんだ。引き返してもらえるかな。」
「あぁ、やはりそうですか。
いや、申し訳ない。つい好奇心で来てしまったのだが、ご迷惑をお掛けししました。
私達は街へ戻ります。」
自警団の者達に詫び、私達は踵を返した。
「ご苦労様なのですよ。」
戻り際、リヴルが笑顔で言い、男達も笑顔で手を振った。
男は大概、女児から笑顔を向けられると警戒心を解いてしまう。
リヴルが微笑みかけると、ほぼ例外なくそういう態度になるのだから、実に興味深い事だ。
「さて、残念だが仕方ないな。街へ戻ったら昼飯とするか。
リヴルは何が食べたいんだ?」
「リヴルは『テンプラソバ』と『ソバガキ』というのを食べてみたいのですよ。」
聞くと間髪入れずに返答して来た。食べ物の話には異様なレスポンスを見せるな……
「蕎麦か……ではそうしよう。確か通りの中程に蕎麦屋があったな。」
「いっぱい歩いたからお腹ぺこぺこなのですよ。楽しみなのです。」
「リヴル、この街に来てから食べてばかりじゃないのか?……太るぞ?」
「むぅ、リヴルは燃費が良いから太らないのですよ。」
「そういう事では無いぞ。」
さてさて、祭りが本格的に始まるまでには、まだまだ時間があるな。
昼食を済ませたら、また里を一回り巡るとしよう。





