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第23話 翼竜襲来

聖華暦833年 冬の初め


私達は、ユークリッド領を縦断するキャラバンに同行させてもらっていました。

彼等は旧式のホバー輸送船5隻からなる商隊で、自由都市同盟から皇帝直轄領の鉱山街ジェムに赴き、そこで彼の街で産出される瑪瑙を仕入れに来ていたのです。

その商いも一段落し、同盟へ帰る途中でした。

私達はその彼等の輸送船に同乗させてもらったのです。


「もう、すっかり風が冷たいのです。」


「リヴル、いかに身体が常人よりも頑丈に出来ているとはいえ、冷気を浴び続けるのは余り良くない。そろそろ中へ入った方が良い。」


「まだ平気なのですよ。もう少し、景色を観ていたいのですよ。」


キャラバン最後尾の輸送船の上、甲板の手摺りにもたれ、移り変わって流れて行く景色を観ながら、私は言いました。


「船の旅は好きなのです。」


次々に変わって行く景色に見惚れます。


「ねぇ君、そこは寒いだろ?これを飲みなよ。」


後ろから声を掛けられました。

振り向くと、若い、10代後半といった少年が立っていました。彼はこの船の乗組員の1人で、キャラバンの若手の中では年長者です。

彼は湯気の立つ液体を注いだカップを二つ手に持ち、微笑んでいました。


「ありがとうなのですよ。何が淹れてあるのです?」


カップを受け取りながら、そう聞きました。


「ティールテイルの骨を煮出したスープだよ。夕食用の出汁なんだけど、温まるよ。」


カップを私に手渡すと、私の隣に並び、手摺りにもたれ掛かりました。


いただきます。そう言って、熱いスープに口をつけます。

スープはサッパリとした口当たりで、一口目は少し薄いように感じました。

しかし、二口、三口と口に含む度に味に深みが出て、身体の内からポカポカと温まってきます。

半分も飲んだ頃にはスープをすっかり気に入っていました。


「僕はこの船で行商の手伝いをしながら商売を学んでるんだ。君は、ずっと旅をしてるのかい?」


「そうなのです。いろんな所を周っているのですよ。」


「一人でかい?それは凄いが、色々と大変じゃないか?

他に旅の連れは居なかったの?」


流れる景色を一緒に観ながら、他愛無いお喋りを愉しみます。

彼はこれまで行商で周った街々の話を、私は今まで出会った人達の事を、それぞれに語りました。


小一時間は話を続けたでしょうか。

今はお昼の3時を回ったくらいです。


「おっと、すっかり話込んじゃったな。いい加減戻らないとドヤされる。」


「引き留めてしまっていたのです。ごめんなさいなのですよ。」


「いや、話をして楽しかったよ。また後で話をしよう。」


「判ったのです。またお話をするのです。」


彼は小さくガッツポーズを取ると、手を振りながら船の中へ戻って行きました。

何故ガッツポーズをしたのかは判りません。


「……あの少年……ふむ、興味深いな…」


「タカティン、何が興味深いのです?」


「…判ってないのか…なら別にいい。」


呆れたように言いました。


「むぅ、どういう事なのです?気になるのですよ。」


タカティンは時々意地悪なのです。自分だけ判って、私には教えてくれない事があるのです。


ふう、これ以上聞いても教えてはくれないのは判っていたので、切替えて再び景色を楽しむ事にしました。

遠くの山で何かが動いています。

それは二つの影でした。大分距離がありましたが、ここからでも数mの巨体であろう事は、想像に難くありません。


「タカティン、あの山に大きな何かが居るのですよ。」


「なに、どれ………あれは竜種の魔獣のようだな。距離はここから約2km、体長は6m程だな。」


大きさは中型種に分類出来るサイズです。

近くで観たいという欲求が湧きます。


「そうなのです?近くで観てみたいのですよ。」


「辞めておけ。竜種はとても危険な魔獣だ。下手に視界に入るのは、愚か者のする事だ。」


「むぅ、危ないのは判っているのですよ。それでもやっぱり観てはみたいのですよ。」


「好奇心が強いのは結構だが、『好奇心は猫を殺す』という言葉がある。

危険かどうかをちゃんと判断しなければいけないぞ。」


「むぅうぅ、言われなくても判っているのですよ。」


タカティンは心配性なのです。


その時、影は飛び上がりました。

少しずつ大きく、輪郭がハッキリとして来ているという事は、こちらに向かって来ているようです。

船がけたたましい警報を鳴らしました。


『翼竜が来るぞ!動ける機兵は全部出せ‼︎

乗組員は船の中へ避難しろ!』


拡声器から警戒を呼びかける声が聞こえて来ます。

私達も、船の中へ移動しました。


「リヴル、マーチヘアの所へ行け。最悪、脱出する。」


「っ!…判ったのですよ。」


格納庫へ向かうと、船に機載されていた機兵達が発艦に追われています。

その他に、乗組員や乗客も集まっていました。


「君っ、避難して来たのか。

…大丈夫だ。このキャラバンには8機も機兵が居るんだ。心配しなくても、きっと翼竜を撃退出来るさ。」


彼はそう言っていましたが、その表情は冴えません。

いかに機兵が強力な兵器だとしても、翼竜はそれ以上に恐ろしい魔獣なのです。


機兵達は魔導砲を持って輸送船の甲板へと登り、翼竜に備えます。

私達は格納庫の窓から外の様子を窺いました。

一瞬、日の光を遮り、影が過ぎります。


翼竜が現れたのです。


船に衝撃が走りました。

一瞬、ぐらりと揺れます。


「うわっ!」


「あっ、あぁああ」


皆にも動揺が広がります。

翼竜は低空飛行で船を掠めただけで、キャラバンの上空でくるくると旋回している様なのです。

それはこのキャラバンを獲物と見定めたという事を意味しています。


八機の機兵は、翼竜に向かって魔導砲を撃ち始めました。

しかし、2匹の翼竜は魔導砲を全く意に介さず、急降下で飛び掛かって来ました。

すぐ後ろの船の機兵が1機、翼竜の尾の一撃を受けて船から弾き落とされました。

すぐさま、別の機兵も翼竜の火焔のブレスを吐き掛けられ、避けようとして船から落ちました。


そして、翼竜はまた上空へ飛び上がり、私達の頭上でくるくると旋回しています。


「不味いな、このままではすぐに全滅だ。」 


「タカティン、リヴルがなんとかするのです!」


「馬鹿を言うな!お前は操縦技術はともかく、実戦経験がなさ過ぎる!」


確かに、私には実戦経験が圧倒的に足りません。それは事実です。けれど………


「でも、これ以上は黙って見ていられないのですよ!」


「…判った。ならば翼竜の注意を引いて、キャラバンから引き離す。

無理をせずに回避に専念しろ。」


「了解なのです。」


私達はマーチヘアに飛び乗ると、すぐに機体を起動させます。


「甲板へ上げて欲しいのです。」


拡声器で、格納庫に居る乗組員に頼みました。


「なにを言ってる!危ないぞ」


「大丈夫なのですよ。それより、早くしないと皆が危険なのです!」


「ああ、もう、どうなっても知らんぞ!」


格納庫の天井が開き、マーチヘアがリフトアップされて行きます。


「マーチヘア、噴射システムのロック解除、回避に専念するのです。」


『了解しました。高速回避モードでサポートします。』


「行くのですよ。」


私は、降下を始めた翼竜に向かって飛び上がりました。

翼竜は驚いて、空中で急停止をかけます。

その横をすり抜けるように追い越し、そのまま放物線を描いてもう1匹の翼竜の側を通過します。

翼竜は2匹とも、私の動きに釣られてこちらを追って来ました。

狙い通りです。後はキャラバンから引き離して、私達も逃げるだけです。


しかし、そう易々とは行きませんでした。

翼竜達は、すぐに私を追うのを辞め、再びキャラバンへ向かって行ったのです。

せっかく危険を侵したと言うのに、これではいけません。


「タカティン、どうすれば!」


「仕方ない、翼竜を撃墜する!

リヴル、私にマーチヘアの操縦権を!」


少しだけ迷いました。でも、時間がありません。


「……判ったのです。操縦権譲渡申請ユー・ハブ・コントロール‼︎」


操縦権譲渡確認アイ・ハブ・コントロール‼︎

マーチヘア、しばらく借りるぞ!」


『操縦権譲渡を確認しました。データリンク開始、これより戦闘モードへ移行します。プラズマ・バルカン及びプラズマ・ソード使用可能です。』


「リヴル、少しの間、我慢してくれ。」


タカティンがそう言うなり、噴射システムが起動、一気に加速しました。

強烈なGが身体に加わり、シートに押し付けられました。

ですが、モニターに映し出された光景からは、目を離しませんでした。


1匹目の翼竜が、急激に接近して来るマーチヘアに気付いた瞬間、プラズマ・バルカンの斉射を受けて墜落します。身体の十数箇所に超高温のプラズマ弾を浴び、穴だらけとなって絶命しました。


もう1匹の翼竜は瞬時に自身の不利を悟り、距離を取ろうと飛び上がりました。しかし、マーチヘアは翼竜を遥かに上回る速度で上昇し、翼竜の頭上を取りました。

そのまま自由落下の最中にプラズマ・ソードを一閃させ、翼竜の首を切り落としていました。


時間にして僅か22秒の事でした。


輸送船は無事です。

船から落とされた機兵2機も、損傷こそしていましたが動けるようでした。


ホッとしました。

正直、翼竜を殺してしまったのは罪悪感を感じましたが、皆が無事で安堵したのです。


「リヴル、まだ気を抜くのは早そうだ。」


「?」


キャラバンの輸送船が停まりました。

何故か、キャラバンの全ての機兵が、こちらに魔導砲を向けています。


『…お嬢ちゃん、アンタ一体、何者なんだ?

あの一瞬で翼竜を、それも2匹も仕留めるなんて……並の機兵乗りに出来る芸じゃねぇ!』


1機の機兵から、船を護衛している傭兵からの問い掛け。

その声には明らかな怯えの色が見えました。


『それに、その機兵の動き……狩装兵ってだけじゃあ、説明出来ねぇ!

明らかにおかしいぜ!』


皆に不信感が広がっています。

この状況をどうやって打開するべきか………


「………タカティン、どうすれば……」


「ふぅむ、少しやり過ぎたか……」


『すまないな、お嬢ちゃん……』


その時、輸送船の拡声器から声が発せられました。

キャラバンのリーダーからでした。


『翼竜を仕留めてくれた事には本当に感謝している。

……だが、アンタを一緒に連れて行く事は出来ない。

得体が知れなさ過ぎるんだ。それに、もし帝国兵に何か疑われるような事があっても、オレ達はアンタを庇ってやれない……

……本当にすまない。』


「そんな……」


「リヴル、仕方ないが彼等の言う通りだ。彼等とはここで別れるしかないな。」


なんだか遣る瀬無い気持ちでいっぱいになりました。

結局、私達の荷物を降ろしてもらい、キャラバンが去って行くのを静かに見送ります。


「リヴル……[力]を行使すれば、こういう事は起こる。気に病むな」


悲しくなりました。ある程度、判ってはいたのです。

でも、やっぱり悲しいものは悲しいのです。


「おお〜い!」


去りゆく輸送船の後部デッキ、そこからお話をした少年が大声を上げました。


「助けてくれて、ありがとう〜!

元気でね〜‼︎」


デッキには他にも何人かいて、それから、大きく手を振ってくれました。


なんだか嬉しくなり、目尻に涙が溜まってしまいました。


「リヴル、良かったな。」


「……はいなのです!」


色々と、悲しい事や辛い事もあります。

けれど、それ以上に楽しい事、嬉しい事もあるのです。

やっぱり、私は[人]が大好きです。

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