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第20話 第三特務

聖刻暦833年 夏の暮れ 工業都市ヒヒカネ


この街はフォーレンハイト侯爵家の領地の中でも、工業に特化した街です。

特に皇帝領とリンドブルム侯爵領に隣接しており、実質的に二つの領地との玄関となっています。


その街での商売の最中、少し…いえ、かなり厄介な事になりました。


「では荷物を改めさせてもらう。」


「お嬢ちゃん、しばらく我慢してくれよ。これも任務なんでな。」


三人の軍人さんが、私達の露店の本を検閲しています。

別に犯罪をした訳ではありません。

検閲が行われているのです。


彼等は第三特務の人達なのです。


第三特務は帝国内で特別な任務を遂行する部隊の事です。

それは『科学技術の摘発と排斥』。

すなわち私達のような存在を燻り出して処分する事。


「あの、お願いなのです。[本]を粗雑には扱わないで欲しいのですよ。」


「心配するな。疾しい物が無いなら乱暴にしたりはしない。」


言いながら、三人は手際良く露店に並ぶ本を次々と物色していきます。背表紙を確認して中身を改めています。

小一時間程で露店にある本の半分程を調べてしまった。


「それにしても随分と多いな。お嬢ちゃん一人で商うにしては結構な量だ。」


「これは聖王国の宗教画集、こっちは同盟の娯楽小説。コイツはこの前発刊したばかりの帝国詩集まで…世界中あらぁな。」


「小隊長、見かけによらず大した蔵書ですよ。」


口々に一頻り感心していました。

表情は笑顔を絶やさない様にしていますが、内心ドキドキです。

タカティンは以前、第三特務に科学技術製であるLEVを見咎められ、追われた事があるそうです。

だから帝国内では科学技術に関係する物は、極力表に出さないようにしています。

露店に並べる本も、タカティンと細心の注意を払って選別しています。それでも、何を見咎められるかは判りません。


「ふぅむ、一通り目を通したが、特に気になる物は無いなぁ。」


「こっちもOKです。問題ありません。」


「クリア。よし、もう済んだぞ。騒がせてすま…な…い?…お嬢ちゃん、ちょっと抱えてる本も観せてもらえるかな?」


ドキリとしました。思わず両手で抱える[タカティン]に力が入ってしまいます。


「あ、あの、これは…」


いけない。

いけない、いけない。

いけない、いけない、いけない、いけない。


「どうした?よもや観られては拙い物では無いだろうな?」


どうしよう?これはとても拙い。

鼓動が速くなるのを感じます。


「リヴル、大人しく渡すんだ」


私にだけ聞こえるようにタカティンが促します。

でも…


「大丈夫だ」


私は[タカティン]を恐る恐る差し出しました。

小隊長さんは大きく分厚いその[本]を受け取ると、入念に調べ始めます。


「一見しただけでは何の書か解らんな。様式は魔導書のようだが…ふむ…ん?」


三人が寄り集まって、ヒソヒソと小声で話しています。タカティンは彼等の元に居て、一人になった私はとても、言い様のない程に不安になりました。


「悪いが、一緒に来てもらおう。抵抗はするなよ。」


「…わかったのですよ…」


恐れていた事態が発生してしまいました。

きっとタカティンが[書籍型記憶媒体]である事、つまり科学技術の産物であると気付かれてしまったのでしょう。


「これから、詰所に向かう。お前は店の番をしていてくれ。」


「了解、小隊長殿。」


「くれぐれもサボるんじゃないぞ。」


一冊の本を手に取って開きかけていた手を慌てて止めていました。


「わかってますって。」


二人の軍人さんに挟まれるように、一緒について行きます。

二人とも先程までとは打って変わって幾分か険しい表情をしています。

私は、ただ黙って従うしかありませんでした。


通りを数分ほど歩くと、彼等が詰所として使っている宿屋に到着しました。

表では数人の軍人さんが歩哨をしています。


「ここで座って待っていろ。」


私はフロントの椅子に座らされ、見張りがつけられました。

タカティンも持って行かれてしまいました。


どうしよう…


俯いて床をジッと見詰めます。

以前からタカティンには言われていました。


『いざとなったらLEV(マーチヘア)を呼び寄せて逃げろ』と。


それともう一つ。


『私に何かあっても、決して助けようなどとするな』と。


また、鼓動が速くなるのを感じました。

タカティンを見捨てて一人で逃げる、そんな事出来ません。

私一人では生きていく意味がありません。

私は一人は嫌なのです。

タカティンを失う事なんて出来ません。


LEV(マーチヘア)を呼び寄せようとかと考えていた時でした。


「お嬢ちゃん、一緒に来てくれるか?プロフェッサーがお呼びなんだ。手荒な事はしないから安心しろ。」


どうやら、部隊の偉い人から呼ばれたようなのでした。

選択肢などありません。私は呼ばれるままについて行きました。

宿屋を出て、裏手に回り、そこに停められている馬車の前へとやって来ました。

その馬車は大きくて、とても頑丈な造りになっていました。

金属製の甲板で覆われ、窓には鉄格子が嵌められています。

扉には蝶番、まるで牢屋のようでした。


小隊長さんが蝶番に鍵を差込み、扉を開けます。


「さ、中へ。」


私は恐る恐る中へと入りました。

外側からの見た目とは違い、中はこざっぱりとした部屋のようで、椅子やテーブルなどの調度品が据え付けてあります。


「やあ、お嬢さん、こんにちは。」


中には、一人の男の人が待っていました。

短く切り揃えてはいますがボサボサの髪、疎らな無精髭、白衣を羽織っていて、おおよそ軍人さんには見えません。それに片手には手錠をしていて長い鎖で壁に繋がれています。


「怖かったかね?そんなに警戒しなくても良い。まずはそこに座りなさい。」


その人はニッコリと微笑み、椅子を勧めてきました。

私はその人の真向かいに座ります。


「お嬢さん、まずは名前を聞いておこうかな?」


「…リヴルと言うのですよ。」


「…リヴル…うん、君はリヴルと言うんだね。私は…私は故あって名前を名乗れないんだよ。皆からはプロフェッサーを呼ばれている。」


少しだけ、不思議な感じがしました。なんだか、この人の事は知っている…知っていたような気がしたのです。


「この[本]は君のだね?」


プロフェッサーさんは机の上に置いていたその[本]を手に取って、私に見せます。

私はコクリとうなづきました。


「これをどこで?いや、入手の経緯はこの際どうでも良い。これは科学技術で造られた[書籍型記憶媒体]だね?そして、これは[人格]を持っている。」


もうダメです。これ以上は隠しておく事は出来ません。

このままでは…


「初めまして、プロフェッサー。私はタカティンと申します。」


突如、タカティンが語り出しました。ドキリとしてタカティンを見詰めます。

プロフェッサーさんも興味深げに手にしたタカティンに目を落とします。


「これは初めまして、タカティン。君はどこから来たんだい?」


「私はWARESによって造られたAIです。200年前に目覚め、この世界を旅して来ました。彼女は私が科学で造られたモノだとは知りません。私はどのように扱われても構わない。だから彼女は赦してあげて欲しい。どうか、お願いします。」


「…‼︎」


タカティンの懇願に声が出せませんでした。

今、私が何か言えば、タカティンの必死の訴えを無駄にしてしまう。

今にも口を突いて出てしまいそうな否定の言葉を、私も必死で堪えました。


「ほぉ、そうなのか…リヴル、君にとって…彼は友達かね?」


「そうなのです。大切な友達なのですよ。」


それを聞くと彼は暫く目を伏せ、それから私に真っ直ぐに向き合って言いました。


「大切な友達か…」


彼は私に、手にしたタカティンをそっと差し出してきました。差し出されたタカティンを受け取ると、私はギュッと抱き締めました。


「コラ、リヴル。力を入れ過ぎだ。傷んでしまう。」


「あ、ごめんなのですよ。」


「友達は大事にしなさい。二度と…二度と手離してはいけないよ。」


彼は、どこか寂しそうな笑顔でそう言いました。

彼は手元のベルを鳴らして、表で待機していた小隊長さんを呼びました。


「いかがでした?」


「この本は、一見すると科学技術を用いている様に見える。だが、これはおそらく同盟製の模倣品だ。非常に良く出来ていたから、君が判断を迷ったのも頷ける。」


「本当ですか?にわかには信じられませんが?」


訝しる小隊長さんにプロフェッサーさんは言いました。


「ほぉ。いつの間か、君の見識は私など足元にも及ばぬ程に広がっていたのだな。そうかそうか、では私はもう無用という訳だ。次からは君が隊員達の講義を行うと良い。駐屯地に帰ったら、エルドレッド隊長にもそう進言しておこう。」


「あ、いや、それは…わ、私の方こそ貴方の足元にも及びません。出過ぎた事を申しました。どうか、ご容赦を。」


小隊長さんは狼狽して、プロフェッサーさんに謝意を示します。


「わかってくれたなら、それで良い。さて、それではお嬢さん、君の容疑は晴れた。時間を取らせたすまなかったね。気を付けて帰りなさい。」


「あの、プロフェッサーさん、ありがとうなのですよ。」


私は頭を下げると馬車から降りました。


小隊長さんは不承不承という感じでしたが、これ以上は何も言わず、行くように手振りで示しました。


私は小隊長にも頭を下げて、露店へと戻ります。


「ふう、危ないところだったな。」


「助かったのですよ。すっごく怖かったのですよ。」


「しかし、あのプロフェッサーという人物…私が科学技術の塊だったのを判っていて、どうして見逃したのだろう…ふむ…」


「もうそれはどうでも良いのですよ。安心したらお腹が空いてしまったのです。」


「お前という奴は…だが、もう夕方か。露店を畳んで夕食にするとしよう。」


それでも…それでも少しだけ、胸に引っ掛かりました。


私は、あの人をどこかで…

判らないモヤモヤと、懐かしい感じ。

ひょっとして…

そんな事を考えながら、私達は通りを戻って行ったのです。

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