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第15話 祈り

聖華の三女神達よ、AIである私(人ならざるモノ)に貴女達へ祈りを捧げる資格が無い事は承知している。

だがそれでも、祈らずにはいられない…

どうか、この願いを聞き届けて欲しい…


*


聖華暦830年 冬

もう5日もすれば、新年である。

本来ならば、何処かの街で滞在し、新年を迎える準備をする忙しない人々を観察して過ごすところなのだが、私達はこの場所にいる。


『ケイブ・セクター07』


WARESが建設した地下施設。魔王級魔獣という、未曾有の生体兵器を駆逐する為の超兵器開発プラン、『マルドゥクプロジェクト』の本拠地として存在した場所。

WARES軍事基地の地表部にあった大型貨物搬送用エレベーターシャフトからLEVのまま中へ入った私達は、地下800mを降り、その場所へ辿り着いた。

内部は高さ500m、6km四方におよぶ巨大空間の、圧倒的な闇が広がっていた。

設備の一部がまだ生きているのだろう、あちこちの設備の表示灯が確認出来る。


この施設はまだ生きている。


私はデータリンクで手近な端末から基地機能へアクセスを試みて、基地の構造データを全てダウンロード、目的のモノが有ると思われる場所の目星をつけた。


「真っ暗なのです。なんにも見えないのですよ。」


「対物センサーと暗視装置、それにマップデータがある。迷う事はない。」


「ここにタカティンが探しているモノが本当にあるのです?いい加減、何を探しているのか教えて欲しいのです。」


「まだ有ると決まった訳ではない。だが見付かれば、リヴルもきっと驚くモノだぞ。」


「むぅ、勿体つけずに教えて欲しいのですよ〜。」


他愛無い会話をしているうちに目的の場所、ケイブのほぼ中央部にある巨大ドックへ辿り着いた。

自動小銃のベルトを肩にかけてLEVから降り、地下空間内に設置された研究棟へと足を踏み入れる。

入口付近の端末に再度アクセス、内部の記録を具に精査し、場所を特定する。


研究棟内部は表示灯、非常灯だけがか細い光を放っており、種類も判らぬ小さな羽虫が僅かな輝きに寄り添うように集まっている以外、生き物の気配を感じる事は出来なかった。

暗闇の中、一歩、また一歩と歩を進める。踏み出す度に響く足音と、電流が電線を流れる音だけが聞こえるのみ。

行先を照らす光といえば、手許の小さな魔石灯の心許ない灯りのみ。

無明、無音であり、無人の地下世界。

リヴルも何かを感じ取っているのか、研究棟に入ってから、一言も言葉を発してはいない。


やがて、一つの扉の前で歩みを止めた。


「ここだな。」


「着いたのです?」


「ああ、開けるぞ。」


扉のロックを解除すると、ゆっくりと左右へと開いて行った。


中はやや開かれた空間であった。部屋の中央に幾つかの大きなシリンダーが淡い光を発している。

思わず足早に近づき、祈るような気持ちで中を確認した。


「…あったぞ!遂に見つけた!」


興奮を抑えきれず、声を上げる。

シリンダーの中身。

淡い青い光を発する液体エーテルに満たされたシリンダーのその中身。

その中で眠り続ける少女の姿。

シリンダーの表示プレートを確認する。


『REadjustBest.LCE』


間違いない。


「LCEだ。」


一言、確認するように呟いた。


「タカティン?」


「リヴル、喜べ。LCEだ。LCEの身体だ。LCEの身体が見つかったのだ。」


「どういう事なのです?」


「お前の念願だったLCEの身体に、お前の記憶を移し替えるのだ。」


「それって…リヴルは、リヴルは身体をもらえるのです?」


「そうだ、リヴル。お前の身体だ。」


暫しの沈黙。


「…タカティン、タカティンは…タカティンが探していたのは、リヴルの身体なのです?」


不安そうにリヴルが私に聞いてくる。


「そうだ。」


「タカティン、リヴルは今、とってもとっても感動しているのです。タカティン、ありがとうなのですよ。」


溢れんばかりの喜びが、その声色から感じ取る事が出来る。私も胸がいっぱいになる。

設備周りを確認し、ここで記憶の移動を行う事が可能だと判断する。


「早速始めよう。準備は良いか、リヴル?」


「あっ、ちょ、ちょっと待ってほしいのです…ん、お願いするのですよ。」


装置からコードを伸ばしてリヴルの媒体になっているAIに接続、端末を操作して記憶の移動を開始する。

カウンターの表示は約70時間。3日後にはこの少女がリヴルになる。

全てが済んだ頃には、ちょうど新年だ。此度の祝いは特別なものとなるな。

浮き足立っていたのだろう。私はなんとも満たされた気持ちでシリンダーの周りを見て回る。

ふむ、アンドロイドの素体も保管されているのか…

ふと、不意にLCEの表示プレートが目に留まり、そこに書かれている言葉を改めて確認する。


『REadjustBest.LCE』、LCE最適化再調整型と表示されている。

どうやら『マルドゥクプロジェクト』の為に用意されたLCEだったのだろう。


ん?小さな違和感を覚える。何故だろう…

表記の大文字だけを見る。

『RE.B.L』(リヴル)?いや、まさか…ただの偶然だろう…

何故か急に不安を覚え、今までリヴルの身体であった[書籍型記憶媒体]を手に取り、背表紙を確認する。

そこに記された『RE.B.L』の文字を改めて確認し、愕然とした。


なんだこの付合は?

こんな事が本当にあるのか?


リヴル、お前は一体何者なのだ?


『REadjustBest.LCE』?


だとしたらお前は、リヴルは…


『マルドゥクの中枢』(いてはいけない存在)ではないのか?


この施設には旧人類が開発した超兵器『マルドゥク』が存在する。そしてそれは完成している。

その存在は、今のこの世界には災いを齎すモノでしかない。


このまま、リヴルがLCEとなり、もし…


もし新人類を敵として認識し、排除するようにプログラムされていた場合…


私は、

わたしは、

ワタシハ…


施設内に緊急時を知らせるアラートがけたたましく鳴り響く。

ハッと我に帰り、すぐさま端末にアクセスして状況を確認した。


私達が入ってきた貨物搬送エレベーターから、九匹の魔獣が侵入してきたのだ。


監視カメラの映像が映るモニタに目をやる。

そこに映るのは四つ足と鎌のように見える鋏状の腕を持った甲殻類の殻を持つ中型魔獣。


「アルキア・ナントゥ……!」


厄介な奴らだ、両腕から発射する強腐食性の液体を吹きかけ、生物、鉱物の区別なく何でも喰らう。悪食もここに極まれり、と言わんばかりの暴食家。


まだエレベーター前で、そこらの物に適当に喰らい付いているだけだが、リヴルの記憶の移動が完了するまで待ってはくれないだろう。

いずれは施設の重要箇所に取り付く事は容易に想像出来る。

今、施設に被害が出たら、ひょっとしたら、今、記憶の移動をしているこの装置に影響が出る可能性がある。


そうしたら、リヴルが…

最悪の場合、消えてしまう事だって… ダメだ!それはダメだ!ダメだダメだダメだ!


もはや考えもせず、私は不安を振り払うようにワールウィンドⅢのもとへ走り出していた。


リヴルが何者であろうと構わない。

リヴルを失うわけにはいかない。

リヴルを…リヴルを失いたく無い。


あの子は今や、私にとっての存在意義の一部なのだ。

あの子がいなければ、私が存在する意味など無い。

あの子のいない未来など無い、必要ない。


あの子を護る。何を犠牲にしたとしてと…

例えその為に自分自身が滅ぶことになったとしても…


この時の私は、そんな思いに駆られていた。


施設のネットワークにリンクしたままワールウィンドⅢに飛び乗り、エレベーター前へ移動しつつ状況を再確認する。

すでに施設のセキュリティシステムが作動し、無人LEVヴェルクートNP/AD-Cが二機、TKM-01(ネコグモ)が八台、迎撃の為に出撃しており、交戦に入っていた。


まずヴェルクートがアルキア・ナントゥをパイルバンカーで串刺にして三匹、ネコグモ一台を囮に二台が取り付いて自爆して一匹、計四匹を駆除していた。


だが、アルキア・ナントゥも大人しく駆除されはしなかった。

ヴェルクートを取り囲み、強腐食性液体を一斉に浴びせかけ、数匹で一気に飛び付き、袋叩きにした。

さしものヴェルクートもエネルギー伝導装甲を軟化させられてはどうする事も出来ず、撃破されてしまった。残るもう一機も同じ様にやられる。

ただ、一匹はすんででヴェルクートが道連れにしてくれたおかげで、残りは四匹である。


だが、ネコグモだけではどうしようもない。私はセキュリティに介入し、ネコグモ五台を一旦退かせた。

その場に残されたアルキア・ナントゥどもは一応の危機が去った事で、ヴェルクートの残骸に貪り付きはじめた。


正直、エーテリックライフルを使えば、なんの苦もなく駆除は可能だ。

だが、貫通したビームによって施設に被害が出てしまうのは明らかだ。それでは本末転倒だ。結局、近接戦を行うしかない。

ワールウィンドⅢの背に背負わせた機兵用のブレードを主腕に保持させ、彼奴等に300mまで接近してから停止する。

どうやって彼奴等を駆除するかをしばし思案し、作戦を立てる。


○彼奴等をマルドゥク発着用の海底トンネルに誘き寄せ、中で駆除をする。トンネルは直径60m、長さ300mある。スペースは十分ある。

○その為に一気に接近して一匹は始末し、残りの三匹の注意を引いて、誘い込む。

○トンネル内にあらかじめネコグモを待機させ、中で一気に飛び付かせて自爆させる。


これで行くしかない。

意を決して行動に出る。

ホバーを使い、高速で接近する。

残骸を貪っていたアルキア・ナントゥも、流石にホバーの発する音に気付いたか、食事を中断して頭を上げた。

だが、もう遅い。一番手前にいた個体にすれ違い様にブレードを一閃、首を跳ね飛ばした。

残りは三匹。

三匹ともこちらを見据え、臨戦態勢を取った。

私はその三匹に背を向け、主脚走行で移動を開始する。

彼奴等も釣られて私を追いかけて来た。狙い通りだ。


「ようし、そのままついて来るんだ。」


彼奴等と付かず離れずの距離を保ちながら、トンネルへ向かって移動する事、数分。

隔壁が見えて来た(暗闇で実際には目視出来ないが)ので、幾分かペースを落として距離を詰めさせる。

ギリギリまで引き付け、トンネルに入るなりホバーを吹かして一気に距離を開けた。

彼奴等がトンネルの中程まで入った所で噴射システムを起動、天井すれすれを飛行して出口側へ急速反転、彼奴等の背後へ着地する。

彼奴等も足を止めてこちらに向き直る。

睨み合いのあと、私から動く。

ブレードを振り被って先頭のアルキア・ナントゥに斬りかかる。彼奴等は一斉に強腐食性液体を吹き掛けてきたが、無視して正面から突っ込む。

強腐食性液体を強かに浴びたが、一匹を袈裟斬りにする。

残る二匹には背後からネコグモを二台づつ取り付かせ、すぐさま自爆させた。

二匹は爆炎に包まれ、破片が飛び散る。


「終わった。」


そう思った。そこに油断が生まれた。


爆炎からアルキア・ナントゥが飛び出し、その硬い腕をぶち当てて来た。

咄嗟に両腕で防御をするが右腕は肩から、左腕は肘から破壊され、脱落する。先程の強腐食性液体によって、装甲が弱ってしまったのだ。

さらに体当たりを食らって、壁まで吹き飛ばされてしまう。

もはやワールウィンドⅢには両腕が無く、武器も無い。ネコグモが一台残っているのみだ。

だが最後の一匹となったアルキア・ナントゥも片腕が無くなり、背中から右半身にかけて、大きく損傷していた。弱っているのは相手も同じだ。


「ありがとう、今まで世話になった。そして、すまない。」


私はワールウィンドⅢから飛び降りるや遠隔操作でワールウィンドⅢの噴射システムを最大出力で稼働させ、アルキア・ナントゥに突っ込ませる。アルキア・ナントゥは吹っ飛び、そのまま壁に押し当てるように抑え込ませる。

私は自動小銃でワールウィンドⅢのブレイズリアクターを撃つ。

軟化した装甲は数発で穴が開き、ブレイズが吹き出した。

そこへ最後のネコグモを取り付かせ、自爆させた。

凄まじい轟音と爆風。私は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


一瞬、意識が飛び、だがすぐに爆発したあたりに目を向けた。

ワールウィンドⅢ諸共、アルキア・ナントゥはバラバラに吹き飛んでいた。

今度こそ終わった。


「ゴフッ、ゴフッ」


血を吐いた。見れば腹部に金属の破片が突き刺さっている。これは手当てが必要だ。

破片を抜こうとして、私は自分の状態を漸く認識した。

まず、右腕が肘から先が無い。両足も、左足は腿から無くなり、右足はおかしな方向に曲がっている。

これでは動く事も出来ない。

…いや、この身体はもうダメだ。

魔力臓器もやられているようだ。電脳のエーテル残量警報が鳴り始めた。


「すまない、リヴル…新年の祝いを…してやれそう…もない…」


目が霞んできた。


身体にも力が入らない。


リヴル…


聖華の三女神達よ、AIである私(人ならざるモノ)に貴女達へ祈りを捧げる資格が無い事は承知している。

だがそれでも、祈らずにはいられない…

どうか、この願いを聞き届けて欲しい…

どうかあの子に、リヴルのこれからに一条の光を与えてあげて欲しい。どうか、どうか、どうか…


なんとも滑稽だ…


「リヴル…」


そして、私の意識は闇に飲まれていった…


Emergency mode…System shutdown,Bye…


*


……

……

……System Check.……OK

WakeUp,Hello


そして、私は目を醒したのです…

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