和田紗愛 編 3
「貴殿方をこの世界へと招くことになった経緯からお話しましょう」
俺……重杉愛訝と、恋人の和田紗愛、そして高校生の男女……雪野勇、霧賀武忠、涼文堂舞、兼植美菜の計六人は謎の白い光の渦に飲み込まれて異世界へと転移した。
そこは、マスノティ諸島と呼ばれるアイヴイザードという王家が治める島国の中にあるイザードパレスという城下町だった。俺たちの前に現れたキヤス・ニポフという神父に連れられてアメムガリミス教会へと連れてこられ、そこでこの世界へ招かれた経緯や目的なんかを聞かされることとなった。
「この国は以前まではもう少し落ち着いた、のんびりとした国でした。しかし今は、各国からダンジョンを探検する者たちが殺到している状態にあります」
「ダンジョン?」
「はい。マスノティ諸島にある島のいくつかには地下へと繋がる洞窟があるのですが、そこには特別な魔法がかけられているのか一定の間隔で地形が変化してしまうのです。その洞窟を我々はダンジョンと呼んでいるというわけです」
「なんかどっかで聞いたような話だよな?」
「そうなのですか? 貴殿方の世界でも同様のものがあるのだとすれば、やはりこの世界と繋がったことは当然だったとも言えますね」
「いえ、それはたぶん……はい」
「…………そのダンジョンなのですが、地形の変化に伴ってそこに眠る宝も復活し更新され続けることでも有名でして、それが理由で人が集まってくるわけですが……このところは内部に巣食う魔物たちの活動が活発化してきているのです」
「魔物……」
「はい。その魔物はダンジョン内だけに生息し、けして外へ出ることはありません。いえ、出ることはできないのです」
「どうしてですか? 何か理由が?」
「奴らは我ら人間とは違い、この世界に生きてはいないのです」
「……生きて、いない?」
「そうです。奴らは実体のある幻影。そこに存在してはいますが造られし者である為にダンジョンから出ることもできないのです」
「いいことじゃねーか! 魔物は人を襲うんだろ? そんな奴らがダンジョンから出てきたら町だって危険になるんだからなぁ?」
「それは……」
キヤス神父は少し言葉を濁らせた。なんだ? 今の武忠の発言には何もおかしな点はなかった。魔物は人を襲う。そして町に現れないからこそ、ここは平和であり続けられる。それはそうだろう。だけど、それで困ることもあるのか?
「魔物は造られし者……と言いましたよね? それはつまり、造った者もいる……ということになりますよね?」
勇はわりときっちりとしていて、俺が訊ねたいことを躊躇いもなく言葉にしてくれる。おかげでこっちは考えながら話を聞くことができるな。
「はい。確かに魔物を造った者はいます。その者はどこかのダンジョンの最深部におり、魔物の制御を行っていると言われております」
「言われている?」
「まだそこへたどり着けた者はいないのです。仮にたどり着けたとしても、その強大な力によって成すすべもなく返り討ちに遭うとも言われています」
「強えぇのか、そいつは」
「間違いなく。今はまだこの国も平和であり続けられておりますが、その者がいつ魔物を外へ解き放つとも分かりません。この国は確かにダンジョンという特殊な観光資源を所有してはいますが、それは常に危険と表裏一体なのです。我らに勇の者の召喚を命じられたお方はそれを案じております」
出たな。そのお方という人物が俺たちをここへ招くように命令を下した。この国を案じ、規律の厳しい教会に対してもそのように上から物を言える人物といえば……。
「アイヴイザードか」
「愛訝?」
「俺たちをここへ招くように言ったのはこの国の王家。おそらく国王だろう。そしてこの教会はそれに応じて魔法とかでそれを実行した。勇の者……と俺たちをそう呼ぶのは、この国の人間や他国から来た探検家ではダンジョンに巣食う魔物……それを造り出した者を倒すことができないと判断したからだろう。でも、何故それを俺たちが成せると思ったのか、それだけが分からない。その謎が……神の加護ってやつなのかもな」
「……ほう。貴殿はなかなかに鋭い目をお持ちのようですね」
「間違いはあったか?」
「いいえ。貴殿の仰った通りでございます。我らは王の勅命により召喚魔法を行いました。そして、我らの神の加護によって勇の者にはかの者を……魔物を統べ、ダンジョンを支配する魔王たる者を討ち果たす力が授けられるのです」
「魔王……」
「討ち果たす……力…………」
やはりそうなったか。この国の王は俺たちを戦わせる為に呼び寄せたんだ。しかし、神の加護なんて大層なものをどうして異世界者の俺たちに与えるんだ? 俺たちは戦争どころか、この世界の人たちに比べたらきっとまともに喧嘩すらもしたことがないような素人だ。何か訳があるとして……それを俺たちが受け入れるとどうして思えるのだろうか。
「やっぱな! 特別な力……だよなぁ! オレにはどんな力があるんだ!?」
「……武忠、落ち着きなよ。力を与えられるのは勇の者だけ。私たちには、何も……」
「舞? 何だか辛そう……大丈夫?」
「うん。ありがとう美菜。ちょっと……暑くて」
「……暑い?」
「おっさん! じゃなかった……神父さんよぉ、そこんとこどうなんだ?」
おっさん……て。確かに高校生たちにとってはおっさんに見えるかもしれないけど、キヤス神父はまだ三十代くらいだろ。むしろこの教会の代表なんだとしたら若い方だ。こういうのは老人だったりが任されるのが一般的じゃないのか? まぁ俺の勝手なイメージでしかないけどさ。
「異世界召喚によって招かれた者。それが勇の者。つまり、貴殿方六人全てが何らかの加護を受けているということになります。発現する力は分かりません。その者が欲する力を得られることもあれば、望まぬ力を得ることもあります」
「……どうして俺たちなんだ? あなたたちの神が加護を与えるなら、その教徒や信者の探検家たちに与えた方が得策だろ?」
「それは叶わないのです」
「叶わない?」
「はい。この世界では魔法というものが当たり前に存在します。誰もが体内に持つマナと呼ばれる魔法を使う為の力を消費して発動させるそれは、神がこの世界の者が生まれつく時に与える恩恵であり、既にその加護を受けているのです。しかし、魔法はあなたたちにとってはとても便利で素晴らしいものに見えるかもしれません。ですが、この世界の魔法はその力が徐々に弱まりつつあるのです」
「魔法が弱まる? それはいずれ、使えなくなるかもしれないと……そういうことですか?」
「はい。故に異世界から勇の者を召喚するしかなかったのです。それに、貴殿方は勘違いされているかもしれませんが……異世界召喚は強制ではありません。貴殿方の中にそれを望み受諾した方がいらっしゃるはずです。でなければ召喚魔法は完成しないのですから」
異世界召喚を望んだ? 俺たちの中にこちらへ来ることを望んでいた者がいて、それに応えるようにあの白い光の渦が出現したと。誰が望んだ? 俺か? 紗愛か? いや、きっと…………。
「僕かもしれない……」
勇が呟くように言った。だろうなと思った。勇は声を聞いたと言っていた。何を言っているかは分からなかったが女の人の声だったとも言っていた。それが召喚の呼び掛けだった。そしてそれに勇は応えてしまった。きっと無意識だったんだろうなと彼の表情を見て思った。
「ごめん……もしかしたら、僕がみんなを巻き込んだ原因かもしれない……」
「勇……」
「気にすんなよ! オレはいいぜ! オレにも加護ってやつが与えられてんだろ? だったら構わねぇ! やってやろうぜ、魔王退治をよ!」
「武忠……」
「あの……一つ、お聞きしても宜しいですか?」
今度は美菜が質問をするようだ。勇に任せきりだったのに、彼が落ち込んでいる姿を見て行動すべきと考えたんだろうか。それとも……。
「何なりとお聞きください」
「…………私たちは、元の世界に戻ることはできるのでしょうか?」
そうだよな。特別な力だとか魔王退治だとか、そんなことよりもまずはそれだ。俺たちはここで一生を過ごすのか、それとも彼らの期待に応えることで元の世界へと戻ることができるのか。その返答次第では俺たちの敵は魔王とやらだけではなくなるかもしれない。
「我らによる召喚魔法は一方通行でしかありません。転移魔法ではなく、あくまでも勇の者を呼び寄せる為の魔法であるからです」
その言葉には六人が全員揃って息を呑んだ。帰れない。俺たちはもう帰ることはできない……そう覚悟を迫られたのだと思っていた。しかし、キヤス神父はこう付け足した。
「ただし、貴殿方を招いておいて帰さないというわけにもございません。きちんとその方法は確認しております」
「……帰れる、のですか?」
「はい」
「な、なんだよ、驚かすなよな。ま、まぁ? オレはこの世界でも生きていけるだろうけどよ」
「その方法っていうのは?」
「はい。実は魔王のいる場所……その背後には扉があり、その先は開いた者が望む場所へと繋がると言われているのです」
「つまり、魔王を倒すことさえできれば、その扉を開く権利を得られる。それが俺たちの手で成されれば元の世界へ帰ることもできる……というわけか」
「はい、そういうことでございます」
なるほどな。何とも上手く出来た話だ。俺たちは勇の者として魔王と戦うことを望まれ、それを成さなければ元の世界へ戻ることは叶わない。単純だけど王道だ。まぁ実際のところ、どこまでが本当の話かなんて分からないが、この国の危機と異世界者に頼らざるをえない状況というのは本当なんだろうと思える。
魔王を倒せば勇の者は元の世界へと戻る。それは実質、無報酬で働く駒を得ることと同じだ。この世界へは自分たちが望んできたと……そう思い込ませることにも既に成功している。自己責任に命を懸けろってことだ。だったら答えはもう決まっている。問題があるとすればそれは……。
「それで? オレの力はどうやって使うんだ?」
「それはどのような力を手にしたのかによって異なりますね。念じれば発動するもの、特別な条件下でのみ発動するもの、常に発動し続けるもの……などなどです」
「わっかんねぇよ!」
「何か、この世界にいらしてからご自身に変化を感じたりはしませんでしたか?」
「いや、特に何が変わったってことはねぇな」
「そうですか……」
変わったこと。俺も特に何も感じてはいない。だけど、紗愛は感じていたな。一部の女性に重なるように数字が見える……だったか? それが何の力になるっていうんだ? 何かの数値だとすると……年齢、体重、視力、胸囲、足のサイズ?
いや、どれも違うな。紗愛が見た数字は『08』『76』『19』『23』『54』だったな。これはパーソナルデータではなさそうだ。女性にしか見えないのも何か意味があるのか? どうして見えない人もいるんだ?
異世界に来たことによる力だとすれば、こちら側でしか意味の持たないものの数値か? たとえばゲームで例えるならばステータスパラメーターみたいなもの。HPや攻撃力のような身体的能力を数値化したもの? だとしても舞の『08』と美菜の『76』ではあまりにも差が激しすぎる。いったい何の数字だというんだ?
「暑い……この世界はこんなにも暑いの? 今は夏だったりするのかな?」
「舞? そんなに暑い?」
「……勇は暑くないの?」
「うん」
「わたしも暑くない。どちらかといえば、過ごしやすい気温だと思うけど」
「え? これが? 美菜……こっちに来て体温調整がおかしくなったんじゃない?」
「…………」
「おい舞、それはお前の方なんじゃねぇの?」
「は?」
気付いてないのか? ここにいる誰も舞ほど汗をかいていないことに。涼しい顔をしていることに。
「舞。変わったのは舞の方だ。暑いっていうのはどんな風に暑いか説明できる?」
「…………何だか燃えるよう。胸の奥がメラメラと熱を帯びて焦がれてしまいそう」
「それが貴殿の力なのかもしれませんね。熱……いえ、炎であるならば魔法と同様に扱えるかもしれません」
「舞の力は炎の魔法だってことか? すげぇな! 魔法使いだぞ、舞!」
「魔法って、こんなに苦しいものなの?」
「いえ、貴殿はまだ慣れていないだけですよ。元々この世界のマナを持たない貴殿方に神のご加護でその適性だけを得たのです。今は少しお辛いかもしれませんが、体内にマナが補充されると次第に楽になり落ち着いていくと思いますよ」
「……良かった」
「念のため、みなさんの魔法適性を調べてみましょうか。少々お待ちを……」
そう言ってキヤス神父は席を立った。高校生たちは苦しそうな舞に声をかけたりして励ましているようだ。その間に俺は紗愛と少し話をしようと思った。
「紗愛」
「愛訝……理解できてる?」
「まぁそれなりには」
「あたしは全然。ここが異世界だなんて……まだ信じられないくらいよ」
「紗愛はゲームとかもしないもんな。こういうのに触れてこなかったなら仕方ないと思う。俺もそんなに詳しい方じゃないけど、分かる範囲でまた説明するから」
「うん、お願い」
「それから……」
「お待たせしました」
キヤス神父が意外と早く戻ってきた。椅子に腰掛け、どこかから持ってきたものをテーブルへと並べていく。それは六枚のカードのようだ。片面は真っ白で何も描かれてはいないが、もう片面には何やら複雑そうな魔法陣が描かれている。白い方は下に向け、魔法陣の方を表にして置かれている。
俺は紗愛との会話を中断し、テーブルへと向き直った。キヤス神父は魔法適性を調べると言った。これで俺の得た力とやらも、どんな力なのか知ることができるかもしれないからな。
「これが魔法適性を調べる札です。それぞれにこの魔法陣に触れてください。すると、その者が持つ適性を自然と裏側へと映し出しくれます」
「ほーん、面白そうじゃねぇか! 舞、やってみろよ!」
「でも、何だか怖い……」
「やってみよう。自分の力を知っておくのは悪いことじゃないはずだから」
「勇がそう言うなら……」
まずは舞からだ。テーブルの上のカード……札にそっと手で触れる。他には特に何かをしている様子もない。少し怖がっている感じがするだけだ。そして、札をゆっくりと捲ってみると……白かったはずの札の裏側が真っ赤に染まっていた。ゆらゆらと揺らめいているような炎の模様が映し出された。
「これは……」
「やはり炎の暗示ですね。貴殿に与えられた力は炎熱。しかも、揺らぐ炎はその操作性の高さの表れ。そうですね……『炎熱操作』でしょうか」
「炎熱……操作……。私の……力……?」
「今はまだその力を上手く制御できていない為に体内に補充されたマナに反応して力が誤作動しているのでしょう。しばらくすればそれにも慣れ、すぐにでも炎を自由自在に操れるようになるでしょう」
「おお! いいじゃねぇか!」
「暑さ、すぐに和らぐって。良かったね、舞」
「うん」
「舞の力は使えそうだな。僕たちはどうだろう?」
「やってみようぜ! まずはオレからな!」
慌ただしく武忠が札を右の手のひらで押さえつける。左手は右手首を掴んで力んでいるようだ。そして何かの念を送るように「ヌヌヌヌヌ……」と呟いている。そんなものはまったく必要ないだろうに。
「よっしゃ! オレは何の魔法が使えるんだろうな? オレに合いそうな属性は……やっぱオレも舞と同じ炎か!? そうなったらお揃いだな!」
「いいから早く捲りなって。勇と美菜も待ってるんだから」
「いくぜ! オラァ!」
勢いよく札をひっくり返した武忠。しかし、札に変化はない。白いままだし、何も描かれてはいない。つまり。
「なんだ!? 失敗か!?」
「いえ、この札に失敗はありませんよ」
「あ!? じゃあなんでだよ!」
「魔法適性がなかったってことじゃない?」
「はぁぁ!? ならオレには何の力も与えられてねぇってことかよ! ふざけんな!」
「落ち着け、武忠。これはあくまでも魔法適性を調べる為のもの。魔法が使えなくても特別な力は全員に与えられている……そうですよね?」
「はい。魔法だけが力の全てではありません。純粋に身体的な能力の向上を遂げる者もいれば、精神的支配によって他者を……いえ、魔物を弱体化させるような力もあるとされていますよ」
「なんだよ……焦ったじゃねぇか」
「イライラしすぎ。武忠ってそんなに怒りっぽかった?」
「うっせぇよ!」
「まぁまぁ。僕は武忠の焦った気持ちも分かるよ。自分だけ力がなかったら……なんて、そんなのはごめんだよな」
勇は武忠をフォローしつつ、自分も札に手を乗せた。みんなの視線がそこに集まる。そして、ゆっくりと捲られた札には何の変化もなかった。武忠と同じだ。勇にも魔法は使えない。
「先に僕が試していたら武忠と同じように取り乱していたかもな」
「だ、だよな! はははっ! 勇も魔法は使えねぇのか!」
「そうみたいだ。でも、逆にどんな力が使えるのか楽しみでもあるな」
「おう!」
「……それじゃあ、次は美菜かな」
「うん……」
勇に言われて美菜がそっと札に手を触れる。舞と同じで少し緊張感が伝わってくる。深呼吸をしてからゆっくりとそれを捲る。それはまたしても白い札のままだった。
「なんだよ、美菜も魔法が使えねぇのか! 舞だけとか、やっぱ最強かよ!」
「ま、まぁね。みんなの能力が分かるまでは私が守ってあげるから。ね、勇!」
「……なんとなく、美菜にも魔法は使えそうだと思ったんだけどな」
「ごめんね?」
「いや、謝ることじゃないよ。魔法が使えないのは僕も同じだし」
「うん……」
勇は美菜のフォローをしている。それを見て舞は少し寂しそうな表情をしていた。複雑だな、この関係は。でも、俺たちには関係ない。残った札は二枚。次は俺と紗愛の番だ。そう思っていたんだけど……。
「待ってください。これは……札の白とは違いますね。貴殿にも魔法の適性はありますよ」
「え?」
「白は光の暗示。他者を導き癒す者。そして……札にはきっと何かが浮かび上がっているはずです」
そう言われて美菜は札を持ち上げて眺める。しかし、首を傾げている。後ろに立つ俺にも白い札には何も浮かび上がっては見えない。すると、勇がそれを受け取って、部屋の照明に翳すようにして覗きだした。
「あ……」
「なんだ? 何か見えたのかよ?」
「いや……それが……」
「どうしたの? 勇?」
「貸してみろよ!」
武忠が勇から取り上げるようにして札を手にした。それを部屋の照明に翳して浮かび上がっているという模様を確認した。
「なんだぁ、こりゃあ!」
「貸して! 鎌を持った……黒いフードの骸骨? これってまるで……」
「死神じゃねぇか!」
死神。勇と武忠、舞が確認したそれを俺も見せてもらった。確かに死神のような姿が映り込んでいる。それを紗愛にも見せた後、美菜本人にも見せた。
「何かの……間違いなんじゃないかな?」
「おいおい、この札に失敗はねぇんだぞ?」
「それは……」
「…………美菜」
「大丈夫。別に……気にしてない」
そんなはずはない。自分の札に気味の悪いものが映り込んで気にならない人なんていないはずだ。しかもそれが自分の力……神の加護によるものなんだということ。不吉な力なんじゃないかと思うのは当然のことだ。
「失礼。私にも見せて頂けますか?」
「はい、どうぞ……」
キヤス神父は美菜から受け取ったそれを確認する。彼の言葉でどういった力なのかが判明するかもしれない。俺たちは静かに待っていた。そして、キヤス神父はそれをテーブルに置いて美菜に話しかける。
「大丈夫ですよ。これは貴殿方が思うような意味を持ってはいません。むしろ、その反対でしょう」
「反対?」
「これは不浄を祓う、魔を絶やす、そして命の尊さを知る……といったような意味を持つものです。貴殿の力は言うなれば『破魔救済』でしょう」
「なんだそりゃ?」
「つまり、魔物を祓う力と勇の者を癒す力が共に備わっている……ということです」
「わたしの……力……」
「不浄な心を持つ者は貴殿に対して触れることもままならないはずです。但し、魔法や武器に対しては効果はないでしょう。とても扱いにくい力ではありますが、きっと貴殿方の役に立つことでしょう」
「美菜……良かった。僕はてっきり……」
「ううん。心配してくれてありがとう」
「………………」
「舞? おいどうしたんだ? 顔色が悪いぞ?」
「な、なんでもない……ちょっと悪寒がしただけ」
「なんだそりゃ。暑かったり寒かったり忙しいな」
これで高校生たちの魔法適性は調べ終わったことになる。勇と武忠は適性なし。舞は炎で美菜は光……か。そして、ようやく俺たちの番だ。
「では、貴殿方もどうぞ」
「ああ……」
返事をして手を伸ばそうとしたがソファーの後ろからではテーブルに届きそうになく、回り込もうと思った矢先のことだった。
「お、取るっスよ!」
それに気づいた武忠が残った二枚の札を俺たちに渡そうとしてテーブルで重ねて拾い上げた。
「あ、ちょっと!」
「あん?」
「魔法陣に触れたらダメじゃない?」
「やべ!」
舞の注意は虚しく、武忠が拾い上げた内の一枚が再び武忠の魔法適性を読み込んでしまった。もちろん変化はない。白いままだから問題はないのかもしれない。だけど、キヤス神父も「ああ……」と取り返しのつかない行為であると表情で訴えていた。
「悪い! いや、悪いっス! 悪気はなくて……取ってやろうと思っただけなんスよ!」
「……キヤス神父、もう一枚ご用意して頂けますか?」
「すみません。今は予備がもうなくて。近いうちにまたご用意させて頂きますので、今回はどちらかお一人に」
「…………」
「すみません、愛訝さん、紗愛さん。僕たちが勝手に先に始めたことと、札を台無しにしてしまったことを謝罪します」
「ごめんなさい」
勇がソファーから立ち上がって頭を下げると、美菜もそれに続いた。舞は呆れたような顔をしていて、武忠はあたふたしているだけだった。
「いいよ、もう済んだことだ。紗愛……先に調べておこう」
「いいの? あたしは数字が見えてるし、それが魔法かどうかは分からないけど……愛訝こそ先に調べた方がいいんじゃない?」
「いや、俺も勇や武忠と同じで何も浮かび上がらない可能性がある。そうなったら無駄になるし、紗愛の能力がどういったものなのか、その正体が判明するならその方がいい」
「……そう? それじゃあ、あたしが先に調べさせてもらうわ」
紗愛は残された最後の札を手に取り、裏側を自分の方へと向けながら魔法陣に触れた。変化があったのか、紗愛の表情も変わった。少し驚いたような顔……そして、すぐに曇ったような顔色になっていく。
「どうだった?」
そう聞けるのは俺だけだっただろう。紗愛はこちらを見て、札の裏面を見せてくれた。白かった。変化はない。紗愛にも魔法は使えない。あの表情の変化は自分の能力を知れないことに対する不満だったんだろう。
「…………キヤス神父。紗愛は人に重なって数字が見えると言っています。それが何の数字だか分かりますか?」
「数字……ですか?」
「はい。誰にでも見えるわけではなく、一部の女性のみに重なって見えるみたいで。しかも、見える数字に規則性はないみたいなんです」
「魔法ではなさそうですね。そのような事例は聞いたこともないので一概には言えないのですが、彼女に与えられた力を発動するための条件に深く関わっているのでしょう。カウントが下がるようでしたら『0』で発動するでしょうが、カウントが上がるようでしたら……その単位、もしくは上限を知る必要がありますね」
単位がパーセントなら『100』、ステータスパラメーターの数値だとすると『99』や『255』などか? まぁゲームなどで使われる数値がここでの上限とも限らないが。なんにせよ、変動してみないことにはまだ分からないか。
「紗愛、舞と美菜の数字に変化は?」
「…………ないわ。さっきと同じ」
「私たちに?」
「ええ、見えるの。舞ちゃんは『08』で美菜ちゃんは『76』」
「二人はその数字に何か心当たりはある?」
「…………いいえ、ありません」
「わたしも……ないです」
「そうか」
進展はなしだな。キヤス神父が言ったように変動してみないとこれ以上は分かりそうにない。とりあえず、魔法の効果ではないということだけでも分かったと思うようにしよう。
「……では、これで私からの説明は終わりとなります。最終確認となりますが、貴殿方には異世界から招かれた勇の者として、ダンジョンに巣食う魔物との戦い、そして、そのいずれかに潜む魔王の討伐に協力して頂くことを我々は望んでおります」
「僕は……是非とも協力させて頂きます!」
「おっしゃ! だったらオレもやるぜ!」
「勇がやるなら私も!」
「……うん!」
「待ってくれ、みんな」
「なんだ?」
「この選択は命に関わる選択になるかもしれない。自分の意思で決めてほしい。返事だって今すぐじゃなくていいはず……ですよね?」
「はい、構いません。しっかりと考えて頂いてから返事をしてください」
「…………それでも、私はやる! 自分の授かった力を知って、それをまだ制御できないからこそ前線に立っていたい。勉強もスポーツも始める前から諦めたり逃げるのは好きじゃないのよ!」
「舞……分かった」
「オレも変わらねぇぜ。元々こういうのが好きだからな。向こうじゃ法律だの規則だのでろくに喧嘩の一つもできなかった。決められたルールには飽き飽きしてたくらいだ。力を試してぇ!」
「……武忠は正直だな」
「ったりめーよ!」
「美菜はどうする?」
「わたしもやる」
「いいの? 危ないことに身を投じることになるよ?」
「うん。それでも、わたしにも出来ることはあると思うから。みんなみたいに強くないし、足を引っ張るかもしれないけど……連れて行ってくれる?」
「ああ、もちろんさ!」
やる気十分って感じだな。まるで物語の主人公のようだ。ここから魔王との戦いが始まっていく王道ファンタジーだ。微笑ましくて笑ってしまう。小さく吹き出した俺に勇が気付いた。そして、こう質問をされる。
「愛訝さんと紗愛さんはどうしますか?」
もちろん回答は決まっている。異世界に来て神とやらに御大層にも力を授けられ、元の世界へ帰るには魔王を倒し、そこにある扉を潜らなければならない。だったら迷うことなんてない。紗愛の分まで俺が答えを述べよう。
「悪いな、俺たちは断固辞退させてもらうとするよ」