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プロローグ

「……お母様?」

 意識の狭間で耳に届いた揺れにエリザベスは瞼を上げた。

「ベス、あなたを愛しているわ」

 額に触れる唇の感触に妙な気恥ずかしさを隠すようにお母様の柔らかい香りに身を埋めた。

 眠る前でもないのにどうしたのだろう。

 漠然とした不安が胸の奥に燻りはじめていた。

 抱きしめられた視線の先ではお父様と騎士団団長のラグドールが言葉を交わしている。

 視線に気づいたお父様の大きな掌に頭を無遠慮に撫でられ抗議の声を上げようと顔を上げればもうすでにお父様の掌もお母様の柔らかいにおいも離れていた。

 途端に心細くなり手を伸ばしてみたものの両手は別の手によって抱きすくめられ宙を掴む。

 振り返るとロドニーとお母様がなにか難しいことを口にしていたもののエリザベスにはなにを話しているのかまではわからなかった。

 子供心にそれがあまりよくはないものなのだろうということは理解できた。

「後はお願いね……」

「娘を頼むぞ。ロドニー」

「命に変えてお守りいたします」

 その言葉を合図のように遠く遠く離れていった両親に手を伸ばす。

「……待って。お父様とお母様が、嫌だ、離して、離してよ、ロドニー」

 言葉は迫り上がった嗚咽と消える。

 滲んだ視界が赤く照りつけて火の爆ぜる音と砲弾に揺れる下からの振動。

 がらがらと音を立てて建物が崩れ土埃と火の粉が髪を撫で景色が流れる速度がはやまった。

「……嫌だ、ロドニー、離して」

「危険にございます。口を閉じていてください」

 守るように頭に添えられた手に溢れた涙がロドニーの服へと吸い込まれていく。

 どれほど経ったのかどこについたのかさえわからない。

 呼ばれた名前に意識を取り戻すとぼやけた視界の中で窓の外を荒野が流れていた。

 足の下から伝わる規則的な揺れに列車に揺られていることを理解する。

 向かいにはロドニーが座っていた。

「気がつかれましたか」

 彼の声にほっとしてからあわてたように彼の名前を呼ぶ。

「エリザベス様。これからは本名を名乗ってはなりません」

 どういうことかと問いかける。

「あなたは死んだことにするのです」

 彼の様子からなにかあったのかはわかる。

 でも口を開けば酷い言葉を投げてしまいそうで、エリザベスは唇を噛んで耐えてそれ以上口にすることができなかった。

「いいですか、私の言うことをよく覚えてください。次の駅に着いたら向かいの列車に乗り込んで四つ目の駅で降り七番出口から出たら目の前のアーケードの突き当たりを尋ねてください。ロドニーが来たと言えばはからってくれるでしょう」

 車掌のアナウンスと共にホームに停車した列車。

「どうやら着いたようですね。申し訳ありません、私があなたに教えられるのはここまでのようです」

 座席から飛び降りて座席に挟まれた通路に踏み出してからエリザベスは立ち止まり振り返る。

「……ロドニーは来ないの?」

「私も後で向かいます」

 そう口にした彼と話したのはそれが最期だった。

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