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虎を追い越したい狐と翁  作者: 鎌勇
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2:狐の目標と翁

 あれから度々、喋れる狐は翁のいる山小屋へと訪れるようになりました。

 それは、翁にとって、心の片隅にぽっかりと空いた溝が少しずつ埋まっていくように感じられるひと時になりました。そして今日も、お土産らしきものを携えた狐が翁の(ところ)へと遊びに来たようです。

「じい様や~けふも来てやったのじゃ。中に入れてくれろ~」

 その声が聞こえた翁は狐を小屋の中へと入れてあげました。

 それから狐は自分の身の上話のようなものを語り始めます。その話を聞いている間、翁は真剣な眼差しを狐に向けていました。


―・・・これから書き綴る内容は翁に狐が語ったのをまとめたもの。


 それは今から三世紀ほど前のこと。現世(ここ)ではないどこかで狐と仲の良い虎が住んでおりました。

 虎は何をするにも毎回、狐よりも一歩先の位置にいるようです。

 狐からしてみれば、虎よりも劣っているというのはあまり好い気分ではありませんでした。

 いつしか二匹は互いをライバルとして認識するようになります。

 何をするにも優れた成果を出す虎をいつの日か越えることの出来るようにと狐は並々ならぬ努力をしました。虎も狐に追い越されてしまわぬように、陰ながら頑張っていました。

 そうやって二匹は切磋琢磨しあう仲となります。

 そうして、二〇〇年程の長い年月が経ちました。この日は狐と虎にとって生涯忘れらないようなものとなりました。

 ここでは一〇〇年に一度、大宝祭(たいほうさい)と呼ばれる祭事が催されています。

 どのようなイベント(もの)かと言いますと、この地に住まわれる大宝大明神様がこの世の安寧と繁栄を祈る儀式のようなものです。

 それでは、毎回のように大宝大明神様のお供になる動物が選定されます。

 この日のために狐と虎も努力してきました。結果は、前々回と前回ともに虎が選ばれました。狐も惜しいところまではいったものの。そんな二匹は他の動物達の憧れでした。

 そして今回も虎が大宝大明神様のお供となりました。お供となった動物には大宝大明神様がその場所に到着するまでの間にやっておかなければならないことがあるのです。

 その場所とは大宝大明神様が祈りを捧げる神聖な所で氣小埜峠(けおのとうげ)と呼ばれています。

 そこを清掃するといった役目がお供に決まった動物に与えられます。ただ、清掃するとは言っても普通にほこりを掃ったりするような生温(なまぬる)いものではありません。

 その場所には、高次元レベルのプラスのエネルギーを常に放出し続けるとんでもないほどに(きれい)な輝きをもった代物があります。それは、悪い負のエネルギーを打ち消し()のエネルギーとして天界へと還すといったことを繰り返しているのです。

 しかし、良質なエネルギーを放出し続けるためには周辺環境の掃除のようなものを定期的にしなければなりませんでした。それをするのが動物(お供)の役目です。

 その土地のエネルギーを一定値まで引き上げた後、儀式を執り行うにあたって一時的に弱まった結界の隙間を狙ってやって来る魔物と呼ばれる類を祓わなくてはなりませんでした。

 それには多大な疲労を伴うこととなります。儀式が終わってから二、三日もすれば元の状態に戻るのですが。

 そうして無事に儀式のようなものが終わり、ふらつきながら帰ってきた虎に狐が近づいていきます。いくらライバル視しているとはいえ、心配なことに変わりありません。

 近づいてくる狐に対し虎は次のように言いました。

「我を心配するよりもお前はまず、鍛錬に励め」と。

 そのように言われた狐は、ただ頷いて聞いているしかありませんでした。

 狐からしてみれば虎をいつか越えてみたいと願っても、どんなに努力しても叶わぬただの理想でしかないと、うすうす気づき始めていたのですから。

 その虎からの何気ない一言が狐にとっては決定打となったようで、狐は外の世界へと飛び出していきました。そして、決して誰からも見つかることのないように山奥へと身を潜めることとします。

 それからというもの、狐は来る日もくる日も無駄なことだと感じつつも自分磨きを続けていました。いつの日か虎にもう一度会いに行く決心がついたときのために。あの場から嫌気がさして逃げ出して来てしまったのは自分だというのに...。

 そんなある日のこと、狐は川で魚を焼いている翁を偶然にも発見しました。

 狐は翁を見ているうちに自身の境遇と似たような雰囲気を感じ、そのまま観察を続けていました。

 そうして狐が翁を見ていると、それに気づいた翁は魚籠の中から魚を取りだして狐の方に投げてくれました。それの御礼のつもりで翁の留守のうちにこっそりと松茸を山小屋の前に置いていったと狐が言いました。


 これらが、翁に対して狐が語ってくれた内容(こと)でした。その話を聞き終えた翁は何とも言えない複雑な気持ちになりました。

「狐や、その話を聞くに、お前さんは虎のいる世界へと戻れなくなってしまったということかの?」

「そうじゃ。いつかは戻らなければなるまいと思ったものの、ついには今日(こんにち)に至るまで帰れずじまいなのじゃ。もう、あの空間にいると考えただけで怖く感じてしまうのじゃ」

 それを聞いた翁は自分にも思い当たる節があることを痛感するのでした。そして、翁もどういった経緯で山小屋(ここ)に暮らすようになったのかということを狐に話すこととしました。

「そうか、そうか。妾とお主はどこか似ているとは思っていたが、そういうことだったのじゃな。いつかは戻ろうと思っていても戻れていなかったり、決心しなければいけないと思いつつも、結局のところ気持ちの整理がついていないところがの」と狐。

 そう言い返された翁は、くすっと笑みがこぼれたのです。

「どうかしたのか、お主?」と狐。

「いや、ただ、お前さんと儂って前に進んでいきたいという気持ちはあっても、結局は心のどこかで逃げようとしているだけなのかもしれないなと思っての...」と翁。

 すると狐が、

「そうかへ。ならば、これから妾とお主で少しずつでもよいから前向きに頑張っていこうなのじゃ」

と言った。


 この次の日から狐は毎日翁の処へと来るようになった。そうして何気ない会話をしてみたり、翁が食料を採集しに行くのに一緒に同行したりと狐と翁は共に行動することが多くなっていきました。

 そうしている間は翁にとっても狐にとっても唯一無二のかけがえのない時間となりました。

 その温かい優しいほっこりとした時間は自然と流れていくのでした。

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