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虎を追い越したい狐と翁  作者: 鎌勇
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1:その出会いは突然に/喋れるの!?

 翁は相変わらず山小屋で暮らしています。今日は食料を得るため、魚を川に釣りに来ています。

 釣り鈎の先端に川虫をつけた後、延べ竿に括り付けたテグスを水面へと垂らし魚が食いついてくるのを待っています。

 しばらくして一匹、二匹、...と魚が釣り上がってきます。

 釣れた魚(それら)魚籠(びく)の中へと移し、それが終わると再びテグスに餌をつけて川に垂らすといった作業を繰り返しています。

 

 太陽がちょうど翁の頭上に昇る頃、魚籠の中には五匹の魚が入っていました。

 お昼時ということもあり、何匹かを河原(この場)で焼いて食べることとしました。

 翁は竿を袋に仕舞った後、魚のはらわたを取り除きました。そして近くに落ちていた木の枝を拾い小刀で串のように成形し、魚の頭部から尾っぽにかけて刺しました。

 終いには塩をまんべんなく振りかけて焼いていきます。その際、木串が燃えて灰になってしまわぬよう適切な距離を保って。

 火はどのようにして点火させたのかというと、それは翁が釣りをしている最中のことでした。

 少しばかり置き竿をして釣り竿から目を離していました。その時に運よく発見した火打石を用いたのです。

 パチパチと魚が良い具合に焼けてくる音、モクモクといった擬音が聞こえてきそうな煙が立ち込めています。そのおかげで目が乾燥してくるのと同時に痛みが伴ってきます。

 火加減と魚の様子をじっくりと観察し、火力が弱くなってきたら水気の抜けきった枝を足したりしています。もう少ししたら焼き魚が食べられそうです。

 そこに遠目からこちらの様子を窺うようにして一匹の狐が現れました。

 焼き魚を狐にあげようにも、もう塩を振りかけてしまったので塩分的な問題から、あげることはできないし...そうして翁は本来なら夜にでも食べようと考えていた魚籠の中の生魚をあげることとしました。

 それを狐のいる方に投げてやると、周りをキョロキョロして警戒しながらゆっくりと魚に忍び寄っていき匂いを嗅いだ後、ムシャムシャと食べ始めました。

 そう、これが翁と狐の最初の出会いとなりました。


 翁が早速焼けた魚を食べ始めると、ゆっくりとした速度で狐が近づいてきました。

 野生動物というのは警戒心が強いものです...が、今回は翁が生魚という餌を与えたことにより一時的かもしれませんが狐の餌付けのような状態になってしまったと思われます。

 『野生動物には人の手からでなくとも餌を勝手に与えてはならない』というのは、まさに今回のような事なのかもしれませんね。

 一度でも人から餌をもらったことにより『またもらえる』と思ってしまうのです。

 しかし、観光客などの場合は興味本位で餌を野生動物に与えたはいいものの動物からすれば自ら餌を探したりする本能が欠如することに繋がるかもしれません。

 最悪の場合、飢え死ぬこともあったりなかったり...。

 まあ、それはさておき翁の傍に狐が寄ってきました。

 翁は何事も無かったかのように黙々と焼き魚を丁寧に食べ進めています。

 この様子なら狐も餌をもらえないと理解して直に去っていくことでしょう。

 それから間もなくして狐はどこか遠く、林の中へと消えていきました。


 あの日以来、翁は狐を見かけていませんが肝心の狐は今頃どこで何をしているのでしょう。

「また、あの()に会いたいな~...」なんてことをボソボソと山小屋で呟いています。

 翁にとって偶然的な出会いであっても狐の存在が大く感じられたのでしょう。まるで、ペットに御飯をやる飼い主のような気持ちだったのかもしれないですね。

 そして翁は今、昔やっていたように小刀で木材を削って動物の形を作っています。

 あの日見た狐のことを思い浮かべながら...。


 年齢が八〇歳を過ぎた今も翁は、まだ生きています。どうにかして忘れようにも、ふとした時に長年一緒に暮らした嫗のことを思い出してしまいます。

 あの頃のように何もする気が湧かなかったり早く自分もあの世(そっち)に逝きたいと思うことは無くなったのですが、もどかしさのようなものを感じることがあります。

 しかし、自分の命が尽きる日までは何とか生きて極楽浄土で嫗にもし再開することができた際には胸を張れるように頑張っています。

 そして今日も山菜やら何やらを採集するために小屋の戸を開けて出て行こうとしていました。

 ドアを開けた先には...狐がおりました。あの時の()かどうかは分かりませんが。

「今お主に食べさせてあげられるものはないんでな。すまぬな」と翁。

 その言葉に反応するかのように狐は左右の耳をぴくぴくと動かしています。

 その場から翁が立ち去ろうとするのと同時に狐もどこかへ去って行きました。


―・・・翁が山菜取りから戻ってくると小屋の前に松茸が三、四本置いてありました。

 当然のことながら翁は今戻ってきたばかりなので、こんな事をするのは不可能に等しいのです。

 一体全体どこから持ってこられたのでしょう、この松茸の集まりは。

 怪しがりつつも翁は松茸を拾い上げ、小屋の中へと持っていきました。


 その晩のこと、翁は夕飯の準備をしておりました。

 すると外から「じいさま~おるかへ?」という少女のような透き通った声が聞こえてきます。

「こんな時間に何の用があるんだい?」と翁。

「もし良かったら一晩だけ泊めてほしいのじゃ」と、その声。

 不審者ないし何らかの悪戯かもしれなかったものの、翁はその声に応じるようにしてドアを開けたのです。すると何という事でしょう、そこには、さっき午前中に見たような狐がおりました。

 まさか、狐が言葉を話せるわけがあるまいと思った翁は何らかの聞き間違いだったと解釈し、戸を閉めようとします。

「じい様、中には入れてくれないのかへ?」と、先ほどにも聞こえた声がしました。

 周囲に誰もいないのを確認した翁はドアを閉め、夕飯の支度に戻ります。

「じい様、今日は何を作っているのかへ?」と、また声が聞こえてきます。

 こう何度も誰もいないのに声だけが聞こえてくるので翁は老化のせいで自分の耳がどうにかなってしまったのだと思うことしました。

 

 その後も何らかの声が話しかけてくるので、翁は小屋の中を見渡すこととします。

 そこには狐しかいませんでした。そう、さっき外にいたはずの狐が。

 翁は小屋の中に入れた覚えが無かったので狐を優しく抱き上げて外へと連れ出そうとしました。

「じい様、そんなに妾のことが嫌いかへ?そうなら、このまま外に出してくれなのじゃ」と謎の声。

 翁は、その事でさっきから聞こえてきた声の正体が狐の発したものだという確信を得たのです。

「お前さんが、さっきから(わし)に話しかけてきてたのかい?」と翁。

「そうじゃ、やっと気がついてもらえたのじゃ」と狐。

 この時、翁は狐にでも化かされているのかと感じたものの、ここ二〇年余り誰とも会話をしてこないでいたため何とも言えない気持ちとなりました。

 そこで翁は一晩だけ狐を泊めてあげることとしたのでした。

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