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まぶし過ぎて目が痛い…。
それもこれも全てあの鴛鴦の所為ーーー
仁寿殿にて埃まみれになった翌日の早朝。
自分の局から麗景殿女御様の御前へ向かう所で、女房仲間の淡路の君に呼びとめられた。
低音の物静かな声の持ち主の一体何処から出ているのかと思うほどに高く上ずった声だった。
そちらを見やると、庭先に文遣いがやって来ていた。総角の初々しい紅顔の美少年で、雪景色の中に佇むその姿は雪の化生か御仏の遣いもかくやと思われるほど神々しかった。
しなやかな若木のようなその手には、雪を冠した梅の枝に結ばれた文。薄様であろうその紙は遠目に見ても美しい色づかいで、送り主の趣味の良さが見てとれた。
「うさぎの君への御文ですってよ!どなたからなの?!」
清々しい朝の雪景色に、上ずる声は白い靄となって勢いよく吐き出される。
騒ぎを聞きつけたのか、近くの局から女房がワラワラ湧き出て野次馬と化す。
私宛て?
しかも縦文じゃなく結び文?
結び文といったら十中八九恋文。私は慌てて美少年ににじり寄ってしつこく確認する。
「ほんとぉ~に私宛?」
「はい。うさぎの君に間違いなくお渡しし、お返事もいただいて参るよう申しつかっております。」
いやだから、私の女房名は『因幡』なんだけど…。
と、突っ込みたかったが、寒さに鼻の頭を赤くして可愛らしく微笑む姿に後方の野次馬軍団から黄色い声が上がり、見事に掻き消された。
「えーっと!私なんかに一体どなたから?」
「それは…お読みいただければ分かるからと、御名は伏せるようにと命じられておりまして…。」
悩ましげに小首を傾げる美少年に、またも後方から熱い溜め息がもれる。
お姉様方いい加減煩いですよ…。
確かに目の保養ではあるのだが、謎の恋文が気になって仕方ない私は、思い切って文を受け取った。
遠目にも思ったが見事な枝ぶりに、ほのかに雪を残した紅梅はその薫りもまだ瑞々しい。この雪の中、まだ知らぬ誰かが朝早くから私の為に手折ってくれたのかと思うと、いささか頬が熱くなる。
薄様の紙は、銀を散らした白と上品な蘇芳とを重ね、梅重ねを模した趣のある意匠となっていた。
一体誰からなのだろう?
目の前の美少年はどう見ても、童殿上している公卿の子弟。つまり将来の公卿様だ。そんな子供を文遣いに出来る人物となると、自然とやんごとないお方に限られてくる。
自慢じゃないが、堀川邸に居た頃も宮中へ来てからも、これといって親密になった殿方は居ない…。
かといって、垣間見などで見惚れられるような大それた容姿でもない。
あれ、自分で言ってて悲しくなってきた…。
だからこの様な高貴な殿方からの、さらには、これでもかと気合いの入った恋文を貰うのは初めてで、知らず震える指で結び目を解く。
中には流れるような筆跡で一首。
きみふれし 我が袖の雪 あふまでの
形見とてなむ 留め置かまし
(貴女が触れた私の袖に降ったこの雪を次にお逢いするときまでの形見として留め置くことが出来たらいいのに。)
誰かと思ったら宰相中将か…!
私のときめきを返せ…‼︎‼︎
歌を読んだ瞬間、少しでも期待し自惚れた自分が恥ずかしくて恥ずかしくて、庭の雪に頭から突っ込みたくなった。
昨日中将の肩の埃を雪に見たてて吐いた私の冗談をそのまま歌に引用してきたのだ。
ただの埃がこんな艶めいた歌になるなんて驚きだが、早朝にこの歌…まるで後朝の歌じゃあないですか?!
私がいつ中将と逢瀬したと?!
面白がってワザとこんな文を寄越したのだと思うと中将のんふふ顔が思い浮かび無性に腹が立つ。
今なら怒りと恥ずかしさに上気する熱で庭中の雪を溶かせる気がする。
ふと我に返ると、真昼の雪以上に眩しい笑顔が返事を待っている。
「使者殿、しばしお待ちを…。」
自分の局に引き返して、簡素な紙にとある歌の上の句のみ記す。
『人はいさ我は無き名の惜しければ』
この歌は古今集にある歌で、下の句は
『昔も今も知らずとを言はむ』
歌全体の意味は、
「あの人はさあどうか知らないが、私は根も葉もない噂に名前が出るのは嫌なので、以前のこととしても今のこととしても、あの人とは関係がないと言いましょう。」
アンタと私は赤の他人よ!という異議申し立ての歌。
今の状況に見事にピッタリだ…。
アンタと逢瀬なんてしてないから!全く無関係だから!
あえて全てを書かず、内容をぼやかしているが、教養のある人にはしっかり伝わる。というか伝わってください。
そんな文を、あえて色気のカケラもない正式文書と同じ縦文にして、相変わらず可愛らしく待っていた美少年に手渡す。
美少年は結び文でないそれには特に驚いた風もなく、黒目がちな瞳で下から私を掬い、その可愛らしい口許を微かに動かす。それは側にいてすらも常人には聞き取れないほどの囁き。
でも私の『耳』はしっかり聴いた。
「……承知致しましたと主殿へお伝えくださいまし。」
ヒソヒソ煩い野次馬を無視して、つとめて事務的に対応する。
美少年は気を悪くした様子もなく、花のように微笑んだかと思うと、総角を揺らしてピョコリとお辞儀をし、雪の中を駆け去っていった。
ーーー今宵、戌の刻にお伺い致しますとのことーーー
少年の残したもう一つの秘密の文に爽やかな朝は掻き消され、私は暗澹とした心持ちになるのだった。
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「うさぎ、聞きましたよ?後朝の歌をいただいたそうね。貴女も隅におけないわねぇ。」
今日も今日とて、白雪に負けぬほど白く美しい我らが女御のご尊顔は、やはりその輝きも雪に勝るとも劣らない。だだし、輝き方が主に私にとって危険な方向にキラッキラしている。
奥義発動の瞬間は近い…。
「…で、どこのどなたなのかしら?まさか秘密だなんて言わないわよね?」
「……。」
にっこりと、奥義発動。
助けを求めて視線を泳がすも、女御だけでなく、そこに侍る野次馬達も見渡す限りが日差しに輝く雪野原。
うう、眩しい…目がやられる…。
さて、この雪深き場所からいかにして逃げ出せばいいというのか…。
眩しさにくらんだ目をゆっくり細めながら、とりあえず脳裏で諸悪の根源であるんふふ中将をボコボコにしてやるのだった。




