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「お母さん、俺を殺す気か。」
ある日の言葉が蘇ってくる。
殴り合いの後、マシーンは壊れ物だらけの床に座ってぜいぜい言いながら私をにらんでいた。マシーンの贖罪が始まってから、私の断罪が始まってから一年が経った頃だった。
学校に行ってはいけない。
そう命じて、しばらくはおとなしく家で漫画を読んで過ごしていたマシーンだったけど、一か月、二か月と私が登校を赦さないでいたらさすがに心配になってきたようだった。
「お母さん、俺はいつから学校いってもいいの?」
と、その年の十二月が終わるころだった。マシーンは恐る恐るだけれど私に訊いた。いつまでも家に居る生活に飽きていたし、友達に会えないことが不安でもあったろう。話題に着いていけなくなってしまうことが。
彼らにとって共通の話題を失うことは、想像に易しい恐怖だ、なぜならそれで彼は友達を失ってしまう。
私はマシーンの担任に、反省のためにしばらく学校を休ませますと伝えていた。担任としても、問題児になったマシーンが学校に来ないことでかなり安心していたらしい。学校に出て来るように催促しなかった。担任の先生は子供たちを嫌悪していた。言葉には出ない。態度には出ている。
週に一回、宿題と連絡物を持ってやってくることが三回続いた後で担任の先生は私たちに接触するのを止めた。元の夫は怒り狂っていた。なんて適当な担任だ。と言って。彼は怒りの対象を選ぶセンスがない。やったのは、マシーン。私たちの息子だ。私たちが怒りをぶつけるべき相手は、この当事者である息子なのに。どうして他人を怒っているの?
「あんたは二度と学校には行かないのよ」
「なんでだよ!」
二度と学校には行かせない。私はそうマシーンに告げた。十二月の終わり、雪の気配のない冷えた夜に、マシーンは初めて私に抵抗した。
「俺学校に行きたいよ」
私の神経が一本切れた。私は手の届くところに落ちていたマシーンの漫画雑誌を掴んで、その分厚い冊子の角で思いっきり、マシーンの額を殴った。ついに来たのだ、と私は身震いがした。とうとう私は道具を使って自分の子供を攻撃するような人間になった。そう思って、興奮が止まらなくなった。
「何考えてんのよこのアホ!」
私は雑誌を何度も何度もマシーンの頭に叩きつけた。ばんばんというよりも、グサリグサリ、という感触が手の中に残った。私は興奮しながら悲しかった。どうして私がこんな風に自分の子供を殴らなくてはならないのか。
それもこれもみんなこいつが機械になってあほになってしまったからいけないんだ。そう思って、驚いて逃げようとするマシーンのシャツの裾を掴んで、床に引き倒して、何度も何度も、ザクザクザクザク頭や肩を殴った。
「あんた自分のやったこと分かってんの!」
マシーンは痛みよりもきっと驚きでめそめそ泣きだして、私は怒りにまかせて漫画雑誌を床に力いっぱい叩きつけた。
そしてマシーンは言った。
「だってお母さん、あんなこと誰だってやってるんだぜ」
めそめそ泣きながらマシーンは言ったのだった。
「お母さん、俺を殺す気か」
その十二月の夜をきっかけに私たちは殴り合いを始めた。マシーンは外に出るために、もっと言うと生きるために。私はマシーンを閉じ込めるために。死なせるために。十二歳の子供の力は恐ろしく強かった。
私はマシーンに髪の毛を掴まれて頭を壁にぶつけられた。私は視界が暗くなって足元がふらつきながら、マシーンにしがみついてその大きくなった体を押し倒した。でも私の方が体重が重い。そんな相手に全力でのしかかられて、容赦なく顔を叩かれていたらマシーンだってそう簡単には抵抗できない。
「やめやがれ、ババあ!」
ぐおおおおおお、と唸り声をあげながら長い指が襲い掛かってくる。私の首を捕まえて絞めてくる。
私は耳の奥がつーんと痛くなってきて、頭がパニックを起こして、マシーンの手首を掴んで爪を立てると、そのまま必死におでこを振り落す。
鈍い痛みが走る。マシーンの額を直撃した。首を掴んでいた手の力が弱まった。私は目をつぶったまま何度もおでこを相手にぶつける。
いってえ、と言う声が聞こえた。我に返るとマシーンは私の首から手離していて、反射的に私は全力で平手打ちを喰らわせた。
体が自由になって気が緩む。その隙を突かれて起き上がったマシーンに思いっきり蹴り飛ばされた。私は床の上を転がった。そしてそこに落ちていたものを手当たり次第マシーンに投げつけた。
コップや糊やはさみや巻尺、このころ家の中にはどんなものだって落ちていた、手の届くところにあるものを何でもかんでも投げつけた。そのうちのいくつかは、命中した。そしてマシーンは
「お母さん。俺を殺す気か。」
と言った。




