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自動的なマシーン  作者: 森本泉
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「私は、ずっと昔から決めていたもの。」

 私はネギを切りながらそうつぶやいた。独り言は子供を産んでからの習慣になってしまった。

 マシーンが生まれたばかりの赤ん坊だったころ、私は手持無沙汰で、赤ん坊と一緒に家の中に居るだけの毎日がストレスになって、イライラしてばかりだったから、独り言をいうようになってしまった。

 赤ん坊に話しかけているつもりはなかった。しかし私が言葉を発すると赤ん坊は動きを止めて私を見た。耳が聞こえているかのように。

立ち聞きされているみたいできまり悪くなって、だったら、と思い、私は毎日ぐちぐちと赤ん坊に不満をぶつけるようになっていった。何を感じ何を思っていたのか、赤ん坊はじっと私を見ていた。

「そんなわけでね、だめになった畑のお野菜はみんな捨てられてしまうのよ。農家の人が一生懸命、どれだけ一生懸命作ったって、一回の大雨でみんな駄目になってしまうのよ。

 そんなことを繰り返してお野菜がおうちに届くのに、パパは好き嫌いばっかりしてちっとも食べてくれないのよ」

 などと、私が話していると赤ん坊はただ聞いていた。

「あのころはまだ人だったのに」

 私はフライパンで焼きそばの麺を炒めながら言った。今、私はマシーンのための晩御飯を作っている。今日はネギ塩焼きそばにしようと思った。

 私がマシーンに作ってやる食事は簡単なものばかりだ。どんぶりとか、炒め物とか麺ものとか。

 食事を一回一回マシーンの部屋に運んでやることは面倒だ。マシーンとはこの数年、一緒に食事をとっていない。私たちは毎日別々に食事をとっていた。

加えて私は貧しいので食費の額も限られている。パートナーが支援してくれると言っても、そもそも私の稼ぎが悪いので贅沢は出来ないのだ。

「外食なんてもう何年してないんだろう」

 パートナーと外でコーヒーを飲む以外の外食を、私はもう何年もしていない。

「一人で食事に出かけてもつまらないだけか」

 私は言った。友達もいない。

私がマシーンを家に閉じ込めた当初、元の夫は休みの度に外食を誘っていたなと思いだす。ネギと豚肉をフライパンにあけながら私は思い出し笑いをしてしまった。

元の夫はあの頃外食に一るの望みをかけていたみたいだった。まだ順調だったころの家族の日常を、取り戻そうと必死だった。

外に出ることで、家に引きこもる息子の気持ちを、そうさせている私の心を、何よりその閉塞感にへきえきしている自分を慰めようとしていたのだ。私はあの頃の彼の徒労と思いだし、結果笑ってしまう。

「今日は俺がカズを連れて出て、ちゃんと帰ってくるからそれでいいじゃないか」

 あるとき元の夫はそんなことを言ってあの子を外に連れ出そうとした。

私はとっさに持っていたガラス瓶を玄関先の床に叩きつけて割った。

「絶対にいや。どうしても連れて行くならこのガラスの上ふんづけて出て行ったらいいじゃない」

と私は言ったのだった。

「言っとくけど私はこのガラス、絶対に片づけたりしませんからね」

 と私は言ったのだった。元の夫は怒りに震えながら、

「なんて奴だ」

 と言って納戸から箒と塵取りを出し、結局それを自分で片づけていた。

「そうですよ。私は、酷い女」

 焼きそばを作りながら思う。酷い母親、そして、酷い人間。

「私は、酷い人間」

 そうつぶやきながら私は先に炒めた麺にネギと豚肉を合わせて皿に盛り、仕上げに黒こしょうをふった。

 中華だしとニンニクの香りがふわりと上がってくる。うん、よくできた。料理をすることは嫌いではない。毎日同じようなものしか作れないとしても。

 私は焼きそばをよそった皿を持って二階に上がっていった。マシーンの部屋は静かだった。眠っているのかもしれない。

「マシーン。晩御飯作ったからここに置いていくよ」

 と声をかけると、ああ、中から返事があった。いつも感じているのは、独房の囚人に声をかけるようだという事。状況はそれにかなり近いものだし。私はドアが開くのを待たずにお皿をドアの脇の廊下に置くと、階下に降りた。

 私は夕食を食べない。食費を浮かせたいのと年を取って太ったからだ。洗い物をするのはおっくうだった。いい。明日の朝になってから片づけよう。

「誰に叱られるわけでもない、私は自由。」

 でも仕事はしなくてはならない。私は唯一の嗜好品であるインスタントコーヒーをたっぷり濃い目に作ると、台所のテーブルで熱い味のない飲み物に集中した。少し気分を変えたら、仕事に掛かろうと思っている。

 ぎい、とドアノブが回って、ばたん。と音がした。扉が開いてまた締まる。マシーンが食事をとっているのだろう。マシーンは二十一になる。外に出さなくなってから九年。あの子の贖罪はまだまだ終わる気配も見せない。

 私はカップを置き、顔を覆ってテーブルに肘をついてしまった。一体いつまでこんな日常が続くのだろう。私はいつまで、こんな思いとこんな生き方を続けなくてはならいの? 私はいつまで、すべての敵の中心に一人で居なくてはならないの? 答えは出ない。

「いったいいつになったらマシーンは死んでしまうんでしょうか」

 絶望が私にそう呟かせた。


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