21
「死ねるぜ。」
「その死に方は苦しそうでちょっといやだわ。」
「でも死ねよ。」
「あんたにずっと死んでほしかったのよ。」
私は言った。
「いや違うね。」
と息子は言い返した。
「お母さん。俺、死にたかったよ。でもな。俺は生きたかったんだよ。自力で生きたかったんだよ。」
「だから今ここで私を埋めちゃうのね。」
「埋めねえよ。あほか。」
と息子は言うのだ。
「あほがあほらしことしてどうすんだよ。あんたは埋めねえ。俺も、自分埋められるためについてきたわけじゃねえ。でも、死ねよ。そこで死ねよ。」
マシーンは私が手渡したスコップで周りの土を少し掬って私の体にかけた。
「あんたが赦されたいのは誰だ? あんたが赦してやりたいのは誰なんだ?」
さっく、とまた少し土を救ってマシーンが私の体に掛ける。土埃が顔にまで届いて私はむせた、思いっきり吐き出そうと強く咳き込む。タンと一緒に鼻水が噴出した。
だらり、と涙が一滴、両方の目から流れ出した。土の中が見えてくる。日が昇りだすまであと僅か。急がなくてはならない。
「俺死にたかったんだ。でも死に方が分からなかったんだよ。なんで自分が死なないといけないか、ずっと考えてた。でも分からなかったよ。
最初のうちはな。なんで誰でもやってることで俺が死ななきゃならねえんだって。なんで俺だけ殺されなきゃいけねえんだってそればっかり考えてた。
でもな。そのうち分かってきた。俺たちは、死ねない。何故か。くそ婆あ、分かるか。俺たちはな、とっくに赦されてんだよ。だから死ぬわけにいかねえんだよ。罪がないからな。
俺たちは裁かれて、そして赦された。罪がない。罰がない、だから、死ぬ理由がねえんだよ。死ねねえんだよ。」
私は喉が破れたみたいに鳴き声が口から飛び出してきて、土の中で両手と握りしめて泣き出した。
私は泣き出した。泣いているから、息が荒くなってきて呼吸を深くついたらよだれにまみれたあたりの泥を吸い込んでしまってまた思いっきりむせた。そして泣いた。
「どうして私は赦されないといけなかったの。」
私は出来うる限りの大声を出して泣き叫んだ。
涙は、いくらでも出てきた。私は泣いた。私が吐き出したタンと涙とによって土の中には水たまりが出来ていった。泥まみれになって、私は泣き続けた。泣いて泣いて泣いて、泣き続けたのだ。
「どうして私は赦されたの。」
「そんなもん、誰だってやることだからに決まってるじゃねえか。あほか。」
マシーンの声が、慰めに満ちていた。私は穴の中で泣き続けた。私は、死にそびれたのだ。死ぬことが出来ずに、マシーンが言うような誰でもやることをして、ただ生きてきただけだったのだ。
私はずっと死にたかった。でも死に方が分からなかった。カラスはちゃんと死んでいったのに。私は、この期に及んでもまだ自分の殺し方が分からない。
「赦されたくなんて無かったのよ。」
私は土の中でしゃくりあげた。泥が鼻の中に吸い込まれてきて私は盛大にくしゃみをした。酷いくしゃみだった。喉の中身がそのまま外に出生きそうなほど、強烈に私は咳き続けた。
「なあ、あんた。自分が何か特別な存在かなんかだと思ってんじゃないのか。」
こんな穏やかな声で息子から話しかけられたことがあっただろうか。息子は穴の上にしゃがみこんで、泥にまみれてひくひくしている私に言う。
「お前も俺も、手の施しようがいないくらい普通の人間なんだよ。そこから逃れようがないんだよ。
だからいじめだってする。あのな。普通の人間はみんないじめをするんだよ。それが当たり前のことだからな。俺もお前も普通の人間だ。いじめを繰り返した普通の人間なんだ。だから救いは無い。俺たちはもうすでに救われているから、これ以上もう救ってもらいようがないんだよ。
俺は死なない。普通の人間だからな。お前も、ここで埋めてやってもいいけど、わざわざお前が赦されるようなことはしてやらねえよ。これでも俺はお前を恨んでるんだ。
お前のせいで、俺はずっと自分が為すすべないほど普通の人間だって自覚して生きてきたからな。
おう、分かるかよ。俺はずっと自分が普通の人間でなんにもできやしねえんだって思いながら一人で生きてきたんだ。俺がどんな気持ちだったか分かるかよ。」
「分かる。」
だいぶ涙が止まってきていた。
「黙れくそ婆あ。分かってたまるか。俺はな、ちゃんと分かってんだよ。こんな穴に埋まったって俺は特別な存在にはなれない。自分を殺したところで佐藤みたいに英雄にはなれないんだよ。」
「英雄?」
私は問い返した。
「暇だったから本は読んだんだ。虐殺された人間は英雄になるんだよ。佐藤は英雄になった。死んだからな。お前の言葉を借りるなら。でも俺は無理だ。おれは殺したからな。
人殺しはいつだってありきたりな人間だ。俺は死なない。おれはこれからも生きてずっとありきたいな人間のままだ。婆あ。俺はちゃんと分かってんだよ。
自分が何にも成れないことが分かっている。それでも、俺は完璧な死の瞬間までは生きるんだよ。けったくそわりい。」
そういってマシーンは、また私に土をかけた。私の体が半ば埋まってしまうまで、黙って土をかぶせ続けた。ぎぎぎぎぎという鳥の声はだんだんと喧しくなっていった。




