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私は子供のころの記憶が薄い。色が、手触りがうすういのだ。なかなか思い出すことが出来ない。
運動会の時はいつもおにぎりだけ作ってあって、それを持って学校に行って教室で食べた。
親子リレーの時は担任の先生がバトンを渡してくれた。両親は互いに一人っ子で私も一人っ子だった。子供が一人しか生まれない家系かもしれない、と言って父は真剣に悩んでいた。母親の状態を見ていたらきょうだいが生まれるのは絶望的だった。
私の母親は、いつだって寝ていた。何をそんなに眠たくなることがあるのだろうか。成長に従って疑問は呆れに変わっていった。仕方がない。お母さんは眠る病気なんだ。
お母さんは病気で寝ている。だから眠いんだ。納得できない思いと、母親が家にいることの重苦しさから私は学校に行くしかなかった。学校に行けばとりあえず友達に会える。
学校は楽しい所だった。勉強は簡単だったし、体育は苦手だったけど家庭科の授業は好きだった。ミシンを使ったり料理をするときは班を組むから、授業中におしゃべりをしていても先生が怒らないところが好きだった。
学校は楽しい所だった。私は毎日出来るだけ遅くまで学校に居残ってクラスメイトとドッジボールをして遊んでいた。
日が暮れて、体育倉庫の鍵を掛ける先生が叱りに来るまで、ずっと校庭で遊んでいた。
今にして思えばそんな風に家に帰ってもすることが無い仲間がたくさんいたということなのだ。宿題なんて真面目になればあっという間に終わってしまう。
難しい中学受験をするわけじゃない。必死になって勉強する必要もない。私たちは手持無沙汰だった。子供のころ。そして大人たちだけが必死で働いて、私たちを生かしていた。
父は休日も働いて、寝てばかりいる母を養っていた。母親は一日に一回だけお米を炊いたけど、お父さんは帰りが遅くていつも晩御飯を食べて帰ってくる。炊飯器の中のご飯は大体余った。私はお父さんからお金をもらってスーパーからハムとウインナーと卵を買ってきて、それらを焼いておかずにしてご飯を食べていた。
野菜は給食で食べられる。私は元気な子供だったと思う。一人しか子供が産めない家系かも知れないけれど。
確かに私も子供は一人しか生まなかった、こんな偶然が続く家族だって、ないことはないだろう。
そして学校には、カラスが、居た。
「カラス?」
マシーンの隣にカラスが立っていた。フラットソファに寝そべって映画を見ているマシーンの隣に、確かに、カラスが。
黒い、羽を持たなかったカラスの像が私の目の前ではっきりと結ばれた。
黒い髪、浅黒い顔、怖い、酷い、怒りに満ちた目で、涙をいっぱいにためた目で私を見ている。お前が、お前がと。怒りをいっぱいに目に宿して。
そう、カラスは、私と同じクラスの男の子だった。
私は、カラスのことをマシーンに話したんだろうか。いつ? なんで? マシーンが覚えてしまうくらいに? いったいいつ?
「あんたがカラスの何を知っているの?」
私はマシーンの肩に向かって問いかけた。
「テレビの声が聞こえませーん」
と生意気に答える。無理やり電源を落として問い詰めてやっても良かった。でも、気が進まなかった。
カラス?
それは私が六年生の時のクラスに居た。それは、カラスだった。私たちはみんなカラスのことをカラスと呼んでいたっけ。カラスなんだからカラスと呼ぶのが当たり前だと思っていた。
「だって、カラスにカラスっていって何が悪いのよ」
「うるせえなあそのことだって言ってんだろ、あほか。俺が言っているのは」
マシーンは映画を見たまま私に応えるのだ。
「俺も同じことをしたって言いたいんだろ。違うね。俺にしてみればあんたが俺と同じことしたんだ。あんたこそ死ねよ」
とマシーンが言う。
「人の事言う前に自分が実践してみれば」
どうせできなかったから今があるんだろ。
「お母さん、死なずに生きてきたもんな」
と依然テレビを見ながらマシーンは言うのだった。
カラス、なぜなくの、カラスはやまに、かわいいななつのこがあるからよ。
昔歌っていた。確かに私は昔そう歌っていた。みんなで。学校で。でもそれがマシーンのしたことと同じことだっただろうか。
「違う」
「何が?」
「私は違う」
「だから何がだよ」
「だってあんたが居るもの。私は違うわ。あんたたちとは、断固として違う」
「だから何の話してんだよ」
本当に分からない、という顔をしてマシーンが振り向いた。前髪がずいぶん長くなっている。
「あんたそろそろ髪切りに行った方がいいんじゃないの?」
深夜までやっている千円カットが近所にあるのだ。日の高いうちはマシーンを外には出さない。私は、檻だから。
「じゃ、金ちょうだい」
「今は無理。来週給料の振込があるからそれまで待ってちょうだいな」
私は財布の中に残っているお金のことを考えながらマシーンに応える。
「やっぱりおれ仕事した方がいいんじゃないの?」
「暇なんだったら趣味でも作りなさいよ」
「だから趣味作ったら余計な金が要るようになるだろう」
どっちみち金かかるじゃねえか。同じことじゃねえか。
「うーん。」
私は悩んだ。たとえ在宅でも、マシーンに仕事をさせたくなかった。どうしてだかは分からないけれど。




