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自動的なマシーン  作者: 森本泉
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私は聴きとりづらく、かつ老人特有のなまった発音にいら立ちながらも、始めた仕事はやめる訳に行かないので音声データに必死で喰らいついていた。

 私がマウスのクリックボタンを乱暴に扱っている間、マシーンはビールを啜りながら真面目にテレビを見ている。その真剣な表情に束の間気を取られた。

 日に当たらない生活をしているマシーンは皮膚が白いというか薄くなって、その下に収まっているものは石灰か重曹か、いずれも生物の持っているそれではない、と私は感じる。

 しかしそれなのに、マシーンは未だに人の形を保っていた。マシーンはまだ、人の形を失っていなかった。それは自分を保ち続けているということだ。

 マシーンは未だに生きていた。底知れない。その根拠の不明な生命力に私は時として恐怖する。人と関わることを無理やり止めてから九年間、まだマシーンは自分の生気を維持していた。

 機械の分際で。

 私は苦々しく思いながら、しかし骨ばって変性したマシーンの姿は否定しようもなく生きている、と感じる。

 何故お前はまだ生きている? 何故、私がこんなにもお前の生存を否定したいのに、なお自分を失わないでその姿を保ってこの世に居る? 私はメガネを一度外して傍らの箱ティッシュで曇りをぬぐった。PC画面を眺めるとき、メガネを手放せなくなったのは今年に入ってからだ。

 監禁して九年。マシーンは健やかだった。問題なく成長して文句の言えない体格になった。双眸に湛えた生存能は碧く冴えていた。天性の脳はさらに磨かれていく。どうして? いったい何を根拠に、マシーンは何を持って自分を支えているのだろうか。その姿を見ていて私は恐怖に駆られる。いっそ畏怖と言ってもいい。

 私はお前を赦さない。

 あの時私が感じた感情。クラスで起きたいじめ事件の加害者メンバーの中にマシーンが含まれていたと知らされた時の感情を。

 十七歳のある日に誓った想いが蘇ってきた。いじめを受けて社会的に抹殺されていった女の子たちのようにしてやろうと。ネットというシュレッダーにかけられた彼女たちと同じ扱いを受けなくてはならないと、そう誓った想いを、新たにした日のこと。

 私は、赦すわけにはいかないと思ったのだ。人が起こしうる、一番身近で一番安易な犯罪だと、どうしても思えてしようがなかったから。

 いじめ、いじめ、いじめ、いじめの加害者。彼らを裁く方法は無いだろうかと私は思案した。誰かが、このあんまりな出来事を過不足なく裁いてくれないだろうか。そんな手段が無いだろうか。私は思った。

 したことに対して正当に償わせる方法が無いだろうか。

 無かった。考えたけれどそんな物は無かった。だから私はやるせない、やり場のない怒りを感じたのだ。人生の中で一番力も知能も持っていない時代に。

 やるせない私はせめて、自分の子供だけは裁こうと思った。結局私の能力は、自分が生み出したものにしか及ばないから。

 マシーンを産んだとき、小さな頭を撫でながら私は自分に祈っていた。お前を赦さない。絶対に赦さない。これは私が世界に対して出来る断罪の形見だ。いじめをした彼らを裁く方法がこの国にはない。だから私はお前を赦すまい。そう決めた。死んだ女の子のためにどうしても。これから死を選ぼうとするすべての子供たちのために。

 現実が、たまらなく嫌だと思った。いじめで人を死なせても、彼らは必ず守られる。だから私はマシーンを断罪している。奴は人殺しだ。自分では手を下さずにマシーンは佐藤君を殺したから。殺せたから。

 そう、彼らは同じクラスの男の子を一人殺したのである。彼の命は助かった。だが、彼は間違いなく殺されていた。

 彼らは自覚なく人を殺したのだ。集団から排斥することによってね。クラスから、社会から切り離された人間は生きる力を失う。

 その男の子もマシーンとその仲間によってクラスの集団から切り離された。切り花は花瓶から出されてゴミ箱に捨てられた。なすべなく腐っていく。

 それと同じに自然と腐って生きる力を失っていったのだ。彼は、肉体の死の前に観念の死を受け入れてしまった。


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