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⓶ダーリング家の家庭事情


亀更新です。文のつながりが不自然かもしれません…。

ウェンディ出せて良かったのですが、初めはこんな性格じゃなかったはずです…はい。

それでも許す!という心の広い方は、お進みください。


玄関のドアノブから手に移った水滴をハンカチで拭いながら、急いで靴底の泥をドアマットに擦り付ける。


急げ、急げ、早くしないと…


バックサウンドには“天国と地獄”が流れている。

だがしかし前世小学生時代の運動会を思い出している暇はないのだ、が…


すでに遅すぎたようだ。


家の奥からタオルをくわえた犬がやってきた。

ダーリング家の優秀な元乳母、ナナだ。


乳母が動物なんて、と眉をひそめる方もいらっしゃるだろうがナナをよく見てほしい。

一定のペースで、もし人が横から来てもすぐ止まれるスピード。

だが家具や置物には文字通り、毛一本も触れていない。

タオルのくわえ方も工夫されているようで、私が玄関で受け取ったときもふわっふわのままだった。


このまま部屋への直行は許されないようだ。

面倒くさいと思いながらタオルで、霧で湿った髪や水が跳ね返った足を拭く。


ナナは定期的に床屋に通っているため、綺麗に切り揃えられた毛はつやつやで石鹸のいい匂いまでする。(初めて財布をくわえて床屋に行ったときは驚かれたが、今では定期的な顧客として歓迎されているらしい。)

我が家でナナを乳母にしたのは意外や意外、世間体を気にする父である。

ダーリング家には三人の子どもがいる。

一人だけなら母でも十分世話できるが、二人以上となれば難しい。

親戚の手伝いは、というと、どうやら結婚の際トラブルがあったらしく、親戚といえば私達兄弟は変わり者の父方の大叔母(未亡人)の顔しか見たことがない。

ならばご近所さんは、というと、ウェンディが生まれることが分かってこの一軒家を購入したため、まだ信頼関係が成り立っていない。

二人目が母のお腹にいると分かった父は、普通の乳母を雇うお金がない中で究極の選択を迫られ、自分の子どもの評判が悪くなるよりは犬の乳母を雇った方がましだと判断した。

私はこの父の決断に拍手を贈りたい。

なにせ、お嬢様育ちっぽい母は全くもって子育てに向いていないフワフワ星人だったのだ。

一時期胃に穴を開けながらも子ども三人(+大人一人)をここまで育てたナナには本当に感謝している。


ここまで考えて勝手にナナへの思いが膨らんだ私は目の前でお座りしていたナナに抱きつく。

ナナはワンピースの汚れに目をやって眉間にしわを寄せたあと、ふんっと息を吐いてされるがままになってくれた。


ナナの柔らかい毛に顔をうずめていると、話し声と階段を下りる音がした。

顔を上げ立ち上がると、母と話していたウェンディと目が合った。


「あら、ジョアンナ、お帰りなさい!

お母様、久し振りに姉妹二人でお喋りしたいので、私あとでお母様のお部屋に参りますわ。また今夜の髪型のご相談させてくださいね」


母はここでようやく私に気付いたようで、ウェンディに頷くとこちらに、お帰りなさい、と声をかけ微笑みながら手を振って一階の父の書斎に向かう。


母を見送りウェンディを見ると、彼女は私の持っている本を凝視していた。


「ちょっと、その本ずぶ濡れよ、どうしたの?!」


雨が降っても服の下に入れて本を守るジョアンナが…と呟くと、早歩きでこちらに来て私の肩をがしっと掴んだ。


「何があったか、話してくれるわよね…?」


ウェンディのあまりの迫力に順序立てて話す余裕もなく


「…古本屋の帰り、肉屋のトニー達…」


としか言えなかった。


「またあの子たちは…。ジョアンナは何もしてないわよね?」


コクコクと頷く私を見たウェンディは、はぁ、と小さく溜息をついてからこちらを見てニッコリ笑った。

スッと気温が下がった気がするが、何だかトニー達に悪いことをしたような気がするが、気のせいに違いない。

取り敢えず、心の中で肉屋の方角に合掌しておいた。


この地区の子どもたちの中で一番年上のウェンディは昔から私たちの小さな母であり、姉であった。

それはウェンディが全寮制女学校に通い始めても変わらないだろう。


そう、ウェンディは今年からスイスのフィニッシングスクールなる女学校に通い始める。

そこで母と姉は昨日まで寮や学舎など最後の確認で、スイスに行っていたのだ。

父の反対を押し切って母が決めたことである。

わざわざ何故にスイス?と思わないこともないが、母には母の考えがあるに違いない。

その準備と銘打ってウェンディは昨年から、言葉遣いから始まって何の役に立つのか分からない貴族名簿の暗記まで様々な教育を施されている。

勿論父や妹弟は口出し出来ない。

母とウェンディ、時折大叔母を交えてこの家で一番豪華な客間で何時間も籠っている。

初めは盗み聞きしようとしたり覗こうとしたり内容が気になった私たちも、一度大叔母にこってり絞られてからは何もしていない。最早気にしようとも思わない。


前世の記憶がある私は、ウェンディってスイスなんか行ってたっけ?と首を傾げたが、まあジョンが女になるくらいなのだから些細なことだ。


「ねえ、ジョアンナ、今日が何の日か覚えてる?」


手を叩いてこちらを見る姉の言葉に意識を戻し、思いを巡らす。


「えっと、お父さんとお母さんがパーティーで大叔母さんが来る日?」


今日はもう夏休みに入っていて学校もないし…と思うが、ウェンディは不満げだ。


「もう、忘れちゃったの?大叔母様がお休みになったあとよ」


うっすらと頬をピンクに染めるウェンディを見て、やっと思い至った。


「ああ、あの窓から不法侵入する人間?と遊ぶ日か」


そうだった、今日はピーターパンが来る日だった。

ピーターパンは確か三年くらい前からダーリング家に遊びに来ている。

初めて来た日、姉と弟のテンションはすごくて、警戒しないのか不思議なくらいだった。

ちなみに私の感想は、おおやっと来たか、である。

ピーターによると、彼は『二つ目の角を曲がって朝まで真っ直ぐ』行ったところに住んでいるそうだが、二つ目の角を曲がっても朝まで真っ直ぐなんてとんでもない、十分とちょっと歩けばケンジントン公園がある。

前世ディズ〇ーでアニメーション映画をみただけの知識しかない私にはピーターについて深い知識があるわけではないが、少なくともネバーランドがそこにあるとは思っていない。


おーい、ネバーランドはどこじゃあ。ほんとの場所教えるまでウェンディとマイケルは連れて行かさんぞお。


精神年齢アラサーの血が、未成年の子どもを見知らぬ地へやることを反対している。

おかげで何度か誘われたものの、まだ私たちはネバーランドに行く予定はない。


「不法侵入って…まあ間違いとは言い切れないけれど。とにかく、今日のピーターが何歳か分からないからいろんな種類のおもちゃ、用意しておいてね」


「でも今日もすっぽかされるかもしれないよ?」


そう、ピーターは来る日によって年齢が変わる上に、よく約束をすっぽかすのだ。

約束については、ネバーランドとこちらとの時間の流れが異なるとしても、年齢についてはその時その時の精神年齢に左右されていると予想しているが、如何せんピーターの存在自体が謎に満ちているのでよくわかっていない。


「まあ、その時はその時よ。取り敢えず、準備よろしくね」


私たち姉弟においてもウェンディは絶対である。


はいはい、と軽く頷いて階段をのぼる。


「じゃあ私はお風呂入るから、また後で」


きっと行動のはやいウェンディのことなので、しなければならないコト(制裁)は忘れないだろう。


子ども部屋に入り、自分のベッドの横のクローゼットを開けて今日着るワンピースを選ぶ。


ウェンディはピンクって言ってたから、それは避けて出来れば正反対の色がいいな。

赤の補色が緑だったことを思い出して、少ない服の中からダークグリーンのワンピースを着ることにした。


着替えとタオルなどを用意していると、ふと今自分が身に付けている服が目についた。

今日は雨が降っていることと誇りっぽい古本屋に行くことを想定して、汚れてもいいウェンディのお下がりワンピースを着ていたのだが、これももう寿命かもしれない。

(汚れても目立たない)グレーのチェック地に(糸が出ている)裾の細かいレース、(くすんでおり、かつ一つ取れている)金色のボタンがお気に入りだったのだが、仕方がない。

レンガで擦ったせいか、長袖の肘の部分が所々ほつれ…


「痛っ」


肘が擦りむけて血が滲んでいた。

そーっとまくって、肘の様子を見る。

ごみが入っていないかと無理矢理顔に近付けたからか、さらに血の玉ができてツツーッとこちらにたれ、嗅覚を刺激した。

時を見計らったかのようにキィっと出窓が薄く開き、湿った空気が流れ込む。

だが、私にそれを閉める余裕はなかった。

ジンジンと痛む傷を、というよりそこから滲む血から目がどうしても離せなくなっていた。


湿気を含む空気独特のにおいと血の鉄っぽいかおりは、まるで日本の…そう、私が死んだあの日を連想させるものだった。


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