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稲荷神社の妖達  作者: 朝凪
水鏡編
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それぞれの役目

嵐が収まったと思い顔を上げると黒い立方体がそこには出来上がっていた。


「なんだよ、これ」


「ここいら一帯に撒き散らされた穢れが集まったんだと思う」


こちらからは中の様子を見ることはできない。すると、隣にいた水嶋さんは立ち上がり近づく。そして触れた。


「狗神君?」


穢れのことを知っていた俺でも混乱しているというのに、何も知らなかった水嶋さんはそれ以上だろうと思う。


「この穢れが再び外へと散らばるまではあと三時間程度かな」


「それまでに解決できるのかよ」


「あとは、水嶋さん主人である貴方の役目です」


「私ですか?」


神月は水嶋さんの隣に立ち同じくくろの立方体に手を触れる。


「きっと今この状況で狗神に届く声は主人である水嶋さんだけです」


俺はその神月の言葉を無責任と受け取ってしまった。本人の希望とはいえ事の次第を黙っていたというのにこの状況で主人の責任。責任転換があまりにも急だ。けれど、水嶋さんは反論する事なくただ頷いた。それを見て神月もそれから離れて俺の方へと戻って来た。


「私達はしばらくはこのまま見て待つしかない」


俺は言われるがまま近くの木を背にして髪月の隣に座った。もうこれは水嶋さんに任せるしかないようだった。



***



それから水嶋さんは何度も狗神へと声をかけた。それは時として謝罪だったり、今までの狗神についてだったりと様々な話をしていた。けれど中の狗神からは何一つとして反応は無かった。


「このまま、狗神が何の反応も示さなかったらどうなるんだ?」


「穢れがまた外に出回る前に仕留める」


「仕留めるって』


きっと殺すという事なのだろう。俺は怖くなりそれ以上は聞けなくなった。刻一刻と時間は経過して、予定の三時間を目前としていた。

すると、隣で座っていた神月は立ち上がり水嶋さんへと近づく。


「水嶋さん、もう時間」


最終勧告をする。水嶋さんは俯きながらも神月の目の前に立ち両手を広げる。


「……させません」


「このままでは覡町全体に穢れが広がって手に負えなくなる」


「それでも、狗神君に手出しはさせない!」


今までに見た事のない怒りを抱えながら水嶋さんは神月に対抗する。いつのまにか、二人は戦闘態勢をとっていた。


「私にはこの町を守らなければならない役目がある」


「私にも狗神君の主人として彼を守る役目がある」


もう刃を交えることは避けられないのだろう。けれど、そうなる前に水嶋さんの後ろにあった黒い立方体が水嶋さんのことを守るように取り込んだ。

その様子を神月は安心したかのように見守り、こちらへと戻ってきた。


「今のは何が起きたんだ?」


「狗神が水嶋さんへ危害が及ぶのを防ぐために中へと取り込んだの」


「そんなことして水嶋さんは平気なのか?」


「平気。巫女は穢れに侵されない存在だから」


だから先程から俺のように結界を作り守ってもらわなくても平気なのか。


「けど、時間は?もうタイムリミットは過ぎてるはずじゃ」


「あれは嘘」


「嘘!?」


思わず驚きの声が大きくなってしまった。まるっきりそうだと信じ込んでいたから先程のも冷静に見ていられなかったのに。


「本来は五時間あった」


「何でそれを言わなかったんだ?」


「黒い立方体は狗神の心」


「心?」


にしては黒くすぎて腹黒ならぬ心黒になってしまっている。


「いくら外から話しかけても狗神が心を開いて中に入れてくれない限りは何も進まない」


「そのために三時間と嘘をつき、水嶋さんを中に入れるために一触即発の状況を作った?」


神月はそういうことと頷く。けれどまだまだ疑問は残る。


「三時間で無理だったものを二時間で説得できるのか?」


「何でそこでリセットするの?時間は合算して考えるの五時間かけて説得するの」


「けど、それがもしダメだったら?」


「その時はやるしかないでしょうね」


夜につぶやいた声は静かに消えた。



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