次なる手段
あれから、何を調べていたかわからなくなり一時間ほどで自宅へと帰ってきてしまった。また調べたくなったら声をかけてくれれば来てもいいと狗神は最後に声をかけてくれた。
「お?錫牙おかえり」
「……ただいま」
これから夜勤であろう母さんが夕飯の支度を終えてソファーでくつろいでいた。
「何かあったの?」
何をどこから話していいのか分からず、思わず何もないと答えてしまった。
そうだろう。そもそも、自分の息子が人間ではなく妖で。しかも歴史を振り返れば誰かによって暗殺されているとなっている。それを悩んでるなんて先に精神科に連れて行かれるのが目に見えてる。
「そう。冷凍庫にアイスあるから食べてもいいわよ」
そろそろ出る時間なのか用意を開始する母。目の前に用意されている食事を見て思わず声が漏れた。
「……なぁ、病院で患者さんを看取る時ってどんな感じ?」
「そうだな。仲がいい人とかだと精神やられるかな。誰が亡くなったも関わりのあった人ならショックはあるけど、一喜一憂していたら仕事にならないからそれで終わるかな」
茶化したりやはぐらかしたりはせずに答えてくれる。
「どうした?幻滅でもした?」
「いや、そんなもんかって納得してた」
結局は家族や親しい人間でなければそんなもので終わってしまうのだから呆気ない。
引きずられても故人としても重荷になるとは思う。
「納得ね。錫牙、あんたが今何に首突っ込んでるかは聞かないし知らないけど死んだら恨むからね」
それだけを言い残して仕事へと向かってしまった。
「それだけは絶対にしない」
そう、俺を守ってくれた月宮に誓ってそんなことするわけにはいかない。
誰かに殺される運命であったとしても。
***
あっという間に期末試験となりあるだけの力を使い問題を解く。ひとまず赤点でなければ親も文句は言うまい。
良いに越したことはないが。
テストが終われば俺は狗神に連絡を取りまた市杵島神社へとやってきた。
「それで、成果はどうなの?」
「興味ないんじゃなかったのか?」
「ないけど、気にはなる」
なんて早い手のひら返しだろうか。
自分の中の情報を整理するつもりで話すのも良いかもしれない。
「邪気や穢れは誰かからの妬みや自らの罪が原因だ。状況を一時的緩和でいいのなら自らの罪による罰を受けるが一番手っ取り早い」
メモっていたノートを開いて狗神に見せる。
「そのやり方は?」
「自らの主人に罪を打ち明ける。その後に主人から許しの証をもらうらしい」
「俺に水嶋さんの悪口言った奴片っ端から締め上げた話しろって言うのか?」
「お前そんなことしてたのかよ」
思わずノートから目を離して顔を上げる。狗神は何か悪いことしました?みたいな悪気もなく手が出る子供のような表情をしていた。
「それより問題は二つ目だろ?」
「まぁな。他者からの恨みはそう簡単には消えないからな。そのためにもこれだ」
ページをめくり目的のところを指さす。
「誰しもが何らかの恨み言の一つや二つはある。それが大きく膨れ上がらないのは、それを消すほどの守護霊の強さだったりもするらしい」
「守護霊なんて簡単につくわけないだろ」
その代わりと俺は神月に頼んでもらってきた物を見せる。
「翡翠の玉。これを持ってれば多少なりとも守護の役目を果たすはず」
狗神は俺の手をそっと閉じてさせた。
「翡翠の玉なら二日持たずに砕け散る」
「もしかしてお試し済み?」
「提案自体は悪くなかったよ」
うわぁと言いながら俺は項垂れる。
しかし、考えてみればそれもそうだ。ここは市杵島神社で狗神にとっては家みたいなものだ。その狗神がここにある書物を読み漁らないわけがない。そして試せる手段はどんなことだって試したのだろう。
「これが最善かと思ったのに」
「悪かったな、考えてもらったのに」
「いや、勝手にやってるだけだからそれはいいんだけど」
気持ちとしては振り出しに戻ると同じだ。
一通りの事例には目を通したつもりだが、爪が甘かったのだろう。
「でもどれも妖・狗神の事例はなかったんだよな」
そうなのだ。全ての事例は俺が会ったことのない妖や人のことで狗神がというのは一つもなかった。同じことが繰り返され続けるわけではないだろうが、今回だけ何かが違うということなのだろうか。
「なぁ、狗神。何か変わったこととか……」
ないのか?そう問おうと顔を上げてみれば血の気の引いた蒼白した顔で口を覆っていた。
急に体調でも崩したのか。俺は手を伸ばすがそれが届く前に外へと駆け出して出て行ってしまった。




