翡翠の玉
神月の部屋の前まで来て俺は立ち止まっていた。これは緊急事態だ。けれど、相手は女子高校生だ。何もやましいことはないにしろ、見つかれば何を言われるかは目に見えている。まず最初に夏麻と冬歩が騒ぎ出してそれを聞きつけた四季と狐川がやってくる。極め付けに神月はそのじょうきょうをりかいしようもはしない。結果として俺だけが居た堪れない気持ちになる。
「……どうするかな」
考えあぐねていると、スッと襖が開かれた。
「そこにいたらもっと不審。早く中に入って」
そう神月に促されて俺は部屋の中へと招き入れられた。
「どうして俺がいるのがわかったんだ」
「夢で……大神を助けてと言われてそれで目が覚めたの」
「それって、女の子じゃなかったか?自分のことを少女Aとかって言う」
思わず俺は神月に詰め寄った。
神月は前に少女Aのことは何か知っているようだった。それに夢で忠告を受けたのなら尚のこと。何か繋がる気がした。
「名前までは名乗らなかったし、声も女性だった気もしなくはないけど朧げで」
頭の中に残る片鱗を探し出そうと右手を頭に当てて考えて神月は答える。
「そっか、でも二人して同じ内容を言われたってことは何かがあるって考えたほうが自然だよな」
「大神はその少女Aになんて言われたの?」
「いつもとは違ってたんだ。姿が見えなくて、そしたら誰かに邪魔されてるからって。なぁ、同時に二つの能力が一人に対してかけられることなんて可能なのか?」
それから神月は黙り込んでしまった。お互いに黙りこくってしまうのが、病院で検査結果を聞くような不安な感じがしてしまう。何か悪いことがあったのか自分はどうなってしまうのかなど悪い想像ばかりが加速する。
「同時に能力が使われたとしても平気ではあると思う。むしろ良かった」
「良かった?」
「本来なら能力をかけた自分とかけられた相手しかいないはずなのにそこになんの関わりのない第三者がいる。それって殺人事件で殺すところを他の人に見られてるのと同じだから」
たしかに、あの場に少女Aがいなければすぐに他に能力が使われているとわからなかった。
逆に少女Aがいなければ今頃どうなっていたかの方がわからないのだ。
「大神、これを」
神月は机の引き出しから翡翠のビー玉を取り出して俺の手へ握らせる。
「なんだよこのビー玉」
けれどその答えを聞く前に、ビー玉は掌にあったかと思うと音もなく砂に飲み込まれるような感覚で体内へと吸い込まれて消えてしまった。
「は、え?消えって、はぁ?」
「これは翡翠の玉。玉自体には所有者の体に溶け込み守る役割があるの」
だから受け取った瞬間になくなっていったのか。
「これがあれば外見からでは何かあるように見えないし相手にも気づかれない。それにそういった夢の中でもこの玉には効果があるの」
なんて有能なんだろうか。というよりも神月の周りには構造の理解や原理がわからないけど役に立つものだらけで溢れかえっている。
俺はそれを不思議に思いながら、神月の部屋を後にして狐川の部屋へ戻った。些か不安ではあるが、神月と玉そして少女Aのこと信じて再び眠りについた。




