肉体のない誘拐
「主人が知らないって、このこと水嶋さん知らないのかよ」
「そう、このことを知ってるのは私と狗神、あとは四季の三人だけ」
「三人って、どうして一番の関係者がその中に入ってないんだよ」
俺の動揺した声があたりに響き渡りこだまし、静寂となる。肌に刺さるような風があたりの木々を揺らし、雲の切れ間から漏れた月の光が眩しくさえも感じてしまう。
「……知られたくないんだよ。水嶋さんに」
「だからなんでなのかを聞いてるんだよ」
言い出しにくそうに出した答えに納得はいかない。何より答えになっていないのだから。納得のいく答えがないとこちらも引き下がれなくなっていた。
「己にある穢れは主人を食い殺す。それは妖として最もやってはいけないこと。その危険要素のあるものが自らの中にいるとするなら契約を解除しかねない」
狗神の態度に見かねて神月が教えてくれる。
「危険分子である自分を排除させないようにするため」
思わずそう呟いてしまう。今まで共にやってきて不要だと、危険分子だとそう告げられて距離を置かれ避けらることは誰だって嫌だから。その気持ちがわからないわけでもない。
「そういうこと。けれど自らの罪ならともかく怨みからくるものは対処しきれない。だから私や四季が穢れを祓うために協力してるの」
「でもなんで神月と四季なんだ?」
「そもそも対処できるのが私だけなのと、最初に見つけたのが四季だったから」
思わずなるほどと言いたくなってしまった。きっと狗神も神に縋る思いで稲荷神社に来て、運良く四季に見つけてもらったといったところだろう。
「そういうわけなんで、大神も他言無用で」
いくらか回復したのか狗神はゆっくりと立ち上がり覚束ない足取りで歩き始めていった。
「あれ、大丈夫かよ」
「きっと一緒に帰ろうと誘っても嫌がると思うよ」
帰る方面は一緒なのだから途中までなら送ろうと思えば送れるのだが、当の本人が嫌がるのは目に見えている。
「大神、諦めて泊まる?」
気づけば時間もかなり過ぎており終電も間に合うかどうかだ。
「お言葉に甘えるよ。けど、この話が済んでからな」
「話?」
「月宮のこと何か進展はあったか?」
ここ数ヶ月触れてはこなかった。魂の在処を探しているという話だったがそれ以降何も進展してるか何か掴めたかなどの報告は聞いていない。
「現場自体あまり芳しくはない。今までにこういったことはなかったからかなり難航してる」
「つまり進展はないと」
「ごめんなさい。任せてもらってるのに何も報告していなくて」
「いや、長期戦になることは予測してたしすぐに答えが出るなんて思ってはないから。ただ進まないこの現状を動かせない自分が苦しいだけ」
そうだ。何も神月が悪いわけではない。今、何もできない自分自身に苛立ちが立ち込めてくるだけだ。
「犯人も犯行も分かっているのにもどかしいな」
何も知らない月宮の両親に申し訳が立たないのだ。
「そうだ、そこは分かってるんだ。何より月宮の最後はこの稲荷神社の敷地内。……木霊を聞いてない」
「神月?」
何かあったのか独り言であろうことをぶつぶつて囁きながら、考えを巡らせているように見える。心配になり眺めていると、何かを思いついたのか立ち上がり走ってどこかへと行ってしまった。俺は荷物を全て持って慌てて神月の背中を追いかける。
「そうか、ありがとう」
途中、見失いながらも声のする方へと探し続ければ暖かな光に包まれた神月が木の下に立っていた。
「神月、なんなんだよいきなり走り出して」
「大神一つ報告することがある。月宮さんのことで」
「なんだよ、さっきは進展は何もないって言ってたじゃん。何かわかったのかよ」
神月を取り囲んでいた光はすっかりと消えてしまった。そこでようやく、俺は今いるのが月宮が亡くなった場所だと気づく。
「月宮を攫ったのには香りが関係してる」
「香りってどういうことだよ」
「アロマとかでリラックス効果とか安眠効果とかあるでしょう?それ以外にも洗脳や戦闘力を高めるものって言ったものがあるの」
あまりピンとは来ないが、きっと飲み薬などと一緒の効果があるみたいなことなのだろう。そしてそれが月宮に関係しているという。
「私達が気づかないほどの濃度に薄めたものを辺り一面に撒いておく。そして月宮さんにだけ暗示をかけておくの」
「暗示ってどんな?」
「自らの灯籠に魂が来るように」
つまりこれは肉体のない魂の誘拐だ。




