未練と罪
いつも通りの狗神の姿へとなっていた。
「もう狗神は大丈夫なのかよ」
「ひとまずは、ってところかな」
神月は自分が着ていたコートを脱ぎそっと狗神にかけてやる。そうして、近くの木に背を預けるように座る。それを見て俺はカバンの中にしまってあった膝掛けを出して神月に手渡し隣に腰掛ける。
「穢れや邪気っていうのは怨霊とは違うのか?」
「似てはいるけど、違うかな。怨霊っていうのは人の魂が未練。特に恨みや復讐が強い魂が者が怨霊になるの」
「未練か……」
思わず月宮のことを思い出す。あれから、月宮に関しての情報はいまだに何も出てこない。もしかしたら、月宮も怨霊と化して既に誰かに取り憑いているかもしれないと思うと組んでいた手に力が入る。
「穢れは自らの中にある罪が溢れ出したものだったり特定の人物からの妬みだったりするの」
「つまり狗神にはどちらかがあるってことか?」
「そういうこと。犬神持ちっていって犬神に憑かれた家系は家族を祟り殺したり噛み殺してしまうことがあるほど強力な呪詛が使えるんだ」
「それで殺された人たちの妬みや罪が溢れ出してるってことか」
俺はカバンに入れていた水筒を取り出して中に入っているほうじ茶を一口飲む。温かくしたはずだが、もう家を出てから十時間経っている。保温機能があるからと言っていつまでもそれを保てるわけなくもう緩くなってしまった。
「あとは憑いていた主人が狂いそれによって被害を受けたものの汚れも含まれているかな」
「見ただけでそんなこともわかるのか?」
何か俺とは見え方が違うのだろうか。俺には悪霊と穢れの違いさえ区別できない。
「わからないけど、本人が言ってたから」
「本人って狗神が?」
「そう、それだけじゃなくて無意味に殺された犬の気さえ感じるんだって」
「詳しいんだな」
「いつも調合の薬を渡してるから。それで話を聞くの」
神月はそんなことまで出来るのかと感心してしまう。けれどここに一つ疑問ができた。
「なんで主人である水嶋さんじゃなくて神月がやってんだ?」
狗神は稲荷神社ではなく水嶋神社の水嶋市華と契約しているはずだ。なのに、神月がそこまで面倒見ていることがなんだか腑に落ちない。
「それは……」
「それは僕が答えますよ、神月さん」
神月が言い淀むところに狗神は腕で体を支えながら起き上がった。
「狗神、もう大丈夫なのか?」
それに駆け寄り俺は狗神の背中を支える。けれど、狗神はそれに頼ろうとはせずに俺とは反対にある木に寄りかかる。
「いつものことだから。それにさっきの話、なんで僕のことを神月さんが助けるか」
いつものことという言葉は余計に俺の中に引っかかった。これは何回も何十回も繰り返していることを意味しているから。
「それとこれは他言無用だ。主人はこのことを知らないのだから」
隠されている秘密を今知ることとなる。




