間幕 落ち着き過ごせる距離感
また名前が消えた。
全員の名前が書かれているボードを眺めながら、消えた名前のところをそっと指でなぞる。
カンナとカタクリ。
二人はもうここにはいない。
彼らの位牌を作らなければいけない。
「また消えてしまったか」
「シレネ何かありましたか、です」
声をかけてきたのは今の主人であるロベリアだった。もう日本にいて何十年となるのにまだまだ言葉遣いには慣れず、最後にですをつければいいと思っている。私は何も言わずにまだボードへ目を向けるとロベリアそちらを見る。そして気づいたのか、息を呑む音と持っていたクマのぬいぐるみを強く抱きしてめていた。
「……カンナ。カタクリ」
「残念ながら彼らはもうここにはいません。我々よりも少し早く逝ってしまわれたようです」
「そう、ですか」
ロベリアとカンナは仲が良かった。カンナはあまり兄であるカタクリから離れようとはしないが、ロベリアに対してのみは二人で遊んでしまうほどだった。そんな二人が突然いなくなったのだ。動揺して当然だ。ここにいるものは常にその覚悟がある。次は自分の番だという覚悟。
「ロベリア、貴方が動揺してどうします。貴方は私の主人なのだからそんな弱気では困ります」
私はあえて強い口調で言った。常に戦える状態に備えて置かなければ、亡くなったものの無念も報われない。
それでもロベリアは今にも泣きそうなくらい涙をたくさん溜めて耐えていた。私は思わず頭を撫でようとする手をギリギリで止める。
「……今日はカレーうどんでいいですか?」
本当なら寄せ鍋にでもしようと思っていたのだが、こんな日には好きなものを食べた方が元気が出るだろう。
「いいの、ですか?」
私の提案に驚いたのか俯いていた顔を上げてこちらを見上げる。
「たまにはそういう日があるのもいいでしょう」
そう言って私は歩き出した。
本来ならば死んでいる存在である我々には食事というのはほとんど不要だ。そのため食事を取るのなら自ら食材を調達し調理しなければならない。そのほとんどが食事をしない中私とロベリアは夕食のみは二人で都合が合えば食事をしていた。そのため食材は常に揃えておいている。今日の夕食に必要なカレーのルーと野菜、肉、うどん、水、めんつゆも完璧だ。
お互いにエプロンを身につけて下拵えを終えれば、ロベリアは奥から持ってきた足台を置き鍋の中をかき混ぜる。
「全体に火が通ったら教えてください」
「わかった、です」
その間に副菜でも作るとしよう。
私とロベリアは特に話すこともなく黙々と作業を続けていく。お互いに何もなければ寡黙だ。付き合いの年数で言えばロベリアは二番目に長いはずなのに会話の回数は下位をいくレベルだ。だからといって気まずい空気はない。むしろ落ち着く想いがいる自分に驚いてしまう。
そうこうしているうちに、全て作り終えた。
「美味しそう、です」
「美味しそうじゃなくて美味しいです。私が一から作ったんですから」
私は追加できゅうりとツナの和物を作った。
手を合わせて頂きますと言うと箸を持ち一口。中辛にしたが、いい感じの辛さと麺つゆの和風さが絶妙なバランスでうどんと絡み付いていて美味しい。
「きゅうり美味しい、です」
「味はカレーうどんなので和風にアレンジしてみました」
「和風?マヨネーズは和風、ですか?」
「隠し味は味の素だから和風ですよ」
その答えにロベリアは思わず笑みをこぼす。
別に会話がないから気まずいというわけではない。お互いが落ち着き過ごせるこの距離感を保てれば、今この瞬間だけ戦いを忘れてもバチは当たらないだろう。




