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稲荷神社の妖達  作者: 朝凪
能力編
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夢見の能力

穏やかで暖かな陽だまりのようなそんな夢。

今よりもこの前よりもずっと前。大きな屋敷の中に俺は一人縁側に座っていた。


「何か面白いのでもありましたか?」


そう言われてすぐさまその場に正座をして頭を下げる。


「申し訳ありません」


「表を上げてください。謝らなくても良いのです、今こうして春うららを味わうことができるのは戦いもなく安寧である証です」


そうして隣に腰掛けた。俺は顔を上げて隣に姿勢は崩さずに座る。


「いいですね、ここはこの屋敷で一番四季を感じられますね」


「はい、夏には朝顔や紫陽花が見られます」


「今は暖かい」


長閑だ。そんなことを思った。このまま続けばいい、貴方が戦いや血を流すこともない。傷つくことがない。このまま。

一回瞬きをすると、景色は百八十度変わった。時刻は夜、昨日と同じ屋上で今日は手すりに座っていた。


「少女……A」


昨日教えてもらった名前を呟く。


「こんばんは、覚えててくれたんですね。嬉しい」


振り返る少女A。やはり学校で見た姿と声は俺の中で一致していた。自分の中で疑いは確信に変わった。


「昨日、学校で会った」


「はい、ぶつかってしまいすみませんでした」


誤魔化そうとも否定もせずに認めた。

少女Aは実在していた。俺の夢の中だけの存在ではなかった。ならば今のこの会話は夢のはずだがなぜ成り立っている。確たる返答が来るのも可笑しい。もしくは俺自身起きていて夢の中ではないということもあるかもしれない。色々と考えを巡らせているともうわけがわからなくなる。


「ふふ、百面相」


「もう君がわからないよ」


「そうだな。なら今日は私の能力について話すとしましょうか」


能力。その言葉だけで俺は警戒心を強めた。もしかしたらこの少女Aは月宮を殺した黒蝶の仲間なのかもしれない。そう思うだけで拳に力が入る。


「そんなに怖い顔しないで。私はあんな野蛮な方とは違し、そもそも妖でもありませんから」


「違うのか?」


「はい、私には能力があるだけ。それ以外はただの人間。能力は今大神さんも体験しているこの夢見の力」


「夢見の力」


その言葉に思わずホッとしてしまう。黒蝶の仲間ではない。ここは夢の中。


「私の力は対象者に触れなくとも侵入出来る。ただ、その際に私自身も寝る状態に入るため戦闘は不可能」


「それが欠点?なんでそんなこと話すんだ?」


「それは秘密」


口元に左の人差し指を当ててそう言う。少し知れたと思えばまた謎が出てしまう。この少女Aの目的や意図は何一つとして掴めない。


「今日はここまで。さ、一度目覚めましょう彼女に会えますよ」


パンッと指を鳴らすと俺はゆっくりと瞼を開いた。まだ外は暗い。携帯を開けばまだ夜中の二時だ。起きるにしては早すぎる。けれど最後の少女Aの言葉。

「彼女に会えますよ」

そのことが気がかりになり一度部屋を出て家の中を歩いてみる。


「ん?まだ起きてたの?」


居間の前の縁側で神月は湯呑みを片手に座っていた。この家において彼女と称される人物は三人だけ。それで今の話をするとなると該当するのは一人に絞られる。思わず神月に会えたことに納得してしまった。


「寝てたんだけど、目が覚めたんだ」


隣に腰掛ける。もう秋も深まり冬になろうとしている。ジャージ姿では少し寒い。


「何か夢でも見た?」


まるでその話を待っていたかのように聞く。俺はお望み通りと昨日と今日の話を全て話した。


「夢見の能力、少女Aね」


神月はあまり驚いた様子はせずに淡々と聞いた話を確認した。


「驚かないのか?」


「あんまり、そもそも妖じゃなくても能力がある人はいるから」


「そうなのか?」


「この前会った紡も人だし」


そうだったのか。てっきり妖の類かとばかり思っていた。


「少女Aか……」


「何か知ってるのか?」


「知ってはいるけど、まだ会ったことはないからなんとも言えないかな」


もう冷めてしまっているであろうお茶を飲み干すと、神月はため息を一つついた。杞憂なことがあるかの表情に何も言わずにただ黙ってその姿を見ていた。


「彼女は敵にはなり得ない。それだけは言える」


確信めいた言葉には強く重みがのしかかる。


「でもわざわざ能力を使ってまで自分のことを知らそうとするなんて何か企みがあるようにしか見えないだろう」


「企み、そうとも取れるけど彼女の場合は恩を売ってるだけ」


これからの何もかもを予知した口ぶりに思わず苛立ってしまう。何か知っているならば伝えればいい、それだけなのにそうとはしない。どこかで未熟者の役立たずというレッテルが貼られているのだと、そう感じてしまう。思わず組んでいた手に力が入る。

季節が変わる。夜風が肌に刺さるほどの冷たさを帯びて頬を撫でる。

謎を残したまま何かがまた変わろうとしている。

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