もう一人の存在
学校はもう期末テストを一週間後に控えたせいか全体的に空気が重く皆それぞれ疲れ切っていた。もちろん、俺も例外なくその勉強へと追われていた。
「わからない」
いつもなら、狐川に聞いて教えてもらっているが今日は休み。放課後も様子が気になるため稲荷神社に寄る約束を神月とした。そういえば、誰が治癒の能力があるのかは聞きそびれてしまった。今後にも関わる人だろうからなるべく話やすい人ならばありがたいと思ってしまう。
「何がわからないの?」
独り言を聞き捕らえていたらしい神月が隣に立っていた。俺は英語の教科書の一文を指差しながら答える。
「ここの和訳どう直すかがちょっと」
「これね、それなら前のページにあるこの文法を使って──」
思いの外捗っていった英語の和訳は休み時間内に全て終わってしまった。もともと神月は学年で五番の指に入るほどの成績優秀者で毎学期の最後に発表される三学年での成績上位者で必ず名前が呼ばれる。
学校も何事もなく無事に終わり、委員長として提出物を職員室に届けると神月が待つ昇降口へと急いだ。最後の角を曲がれば昇降口というところでこちらに曲がってきた人物とぶつかってしまった。
「あ、すみません」
女子生徒は少しよろけて二、三歩下がったものの転びはしなかった。
「いえ、こちらこそごめんなさい」
なんだか懐かしくなる声と特徴的に髪に結ばれた赤いリボン。まさかと思い、顔を確認しようとするがその女子生徒は最後にすみませんとだけ残して下を向いたまま去ってしまった。結局、疑念は残ったままあの夢の中の少女かは分からなかった。
昇降口で合流した俺と神月はそのまま真っ直ぐに稲荷神社へと向かった。
「あ、おかえりなさい」
そう玄関で出迎えてくれたのは水嶋市華だった。
「あれ、なんで水嶋さんが?」
その疑問は後ろにいた神月に華麗にスルーされ無かったことのようになってしまった。
「ただいま、二人の具合はどう?」
「うん、無事にね。その話もしたいから早く二人とも上がって」
釈然としないまま俺は神月と水嶋さんの後を追うと、居間には三角巾や包帯を巻いていない夏麻と狐川の姿があった。
「え、どういうこと?」
「すずやんさん!見てください、完全復活です」
ほら見てと言わんばかりに大きく手を振っている。いつの間にか呼び名が変わっていることに突っ込む余裕はなくただただ驚きが隠せない。
「まずはお二人ともお座りください。お話を始めますから」
俺は促されるままその場に座る。
「今回の件に関して、まずは夏麻君と狐川君の怪我についてお伝えします。夏麻君は右腕の骨が骨折に肩関節の脱臼。左肋骨の骨折が二箇所見られました」
内容を聞くだけでなかなかの大怪我をしていたことがわかる。それなのにこんなにもピンピン何事もなかったかのようにしているのはおそらく水嶋さんの能力な気がした。
「次に狐川君についてです。足部の骨に二本の骨折と脛の骨折。ふくらはぎの肉離れ、夏麻君と同じ肋骨の……こちらは右の骨折が二箇所見られました」
「二人のことありがとう、助かった」
「はい、ただ今回は幸い呪いの類はかけられていませんでした」
「それは良かった。……狗神はどこ?」
今いるメンバーを一通り見た後に神月はそう尋ねた。確かに、水嶋さんの隣を片時も離れない狗神は今この場にはいない。
「少し湖の辺りの方に行くと少し前に出て行きました」
「そう、わかった。あと水嶋さん今回の件どう思う」
「はい、結界破りの件が少々厄介かと。特に稲荷神社にかけられた結界は最も強固なはずです。黒蝶のましてやシレネさんではなくその手下の方が破れるものではありません」
そういえば夏麻たちもそんなことを言っていた。
「もう一人、結界破りのみを試みた人物がいたと考えた方が妥当か」
「はい、その可能性が一番高いかと」
ふと俺の中にはあの夢の少女が浮かんだ。




