謎の少女A
その日はいつぶりか夢を見た。
自らの両手はべっとりと血に染まり、服のところどころにも血が飛び火していた。何があったのかゆっくりと視線を下から前に動かす。すると、百メートルほど先で木に横たわりぐったりと頭から血を流している少女が目に入る。思わず駆け寄ろうとするが体は動かない。
なんだこれは、俺がやったというのか?
途中からの介入で何が何だかわからない。
これは夢だ。しばらくすればこんな悪夢からも目が覚める。
すると足元から崩れるように周りの風景は一変していく。
「こんばんわ、大神錫牙さん」
次なる場所で声をかけたのは、一人の少女だった。
「君は誰」
なぜ俺の名前を知っている。ここはどこ。他のことも聞きたいが、まずはそれが出た。
「名前。名前か……」
どうしようと悩み始めてしまった。余計に意味がわからない。わざわざ悩むほどではないはずだ。よくその少女を見てみれば神楽高校の制服を着ていた。神月よりも少し短めの黒髪に右側には赤いリボンが括り付けられていた。平均よりも低めの身長にぱっちりとした紫色の瞳。童顔ぽく見られてしまう顔立ちだ。
「そうだ、そう。私のことは謎の少女Aと呼んでください」
「それが名前?」
「はい」
ふざけている。とは思ったものの本人は至って真面目のように見えた。このままでは名前を聞くだけで終わってしまう。俺は夢だということを忘れて話し始めた。
「何か用があるの?少女A」
望み通り名前を呼ばれたことを喜んでいるのか表情が明るくなる。
「もちろんです。貴方達にはやってもらいたいことがあるんです」
「やってもらいたいこと?貴方達って他に誰を」
「うー、質問が多いよ」
少女Aは耳を塞ぎながら体を反転してしまう。そこでようやくあたりの風景に注目した。普段は見ることのない高さからの町の風景。周囲は腰くらいの高さの手摺りに覆われている。それらを総合して考えられるのは屋上しかなかった。少女Aは手摺りを容易に飛び越えた。
「何してるんだよ」
まるで自殺するかのようなこの状況に動揺しかなかった。
「今夜は初めましての挨拶をしに来ただけだからその質問にはまた今度答えてあげる」
じゃあねと言うと少女Aはそのまま屋上からまるで幕引きのように体をスッと倒した。あっという間にその姿は見えなくなった。俺は思わず駆け寄り少女Aが落ちた場所から下を見やる。けれど下には何もなく、まるで少女Aなど存在しなかったように綺麗だった。
***
そんな夢からはすぐに目が覚めて四季が作ってくれた朝食を食べていた。
「あーもう、食べにくい!」
「文句言わない!片手が使えなくても食べられるように四季が全部用意してくれたんだから」
そう言われた夏麻は利き手である右手を三角巾で吊っていた。術式で治るのは重傷を軽傷にする程度。完璧に治るわけではないらしい。完璧にするには能力者の力が必要不可欠なのだと昨日四季が教えてくれた。そのため狐川も左足にはには固定具をつけてあまり負担をかけないように松葉杖まで使って生活していた。
「今日は市華様に来ていただくよう頼んだのでお二人とももう少しです」
無傷な神月と擦り傷程度の俺は四季の術式で治り特に手当てすることなく日常を送っている。
「じゃあ俺と神月は学校に行くから」
食事を終えて食器を流しまで運んでからそう告げた。
「そうだね、二人のことは四季と冬歩に任せて出席日数が足りない私達は行くね」
神月も俺と同じように片付けを終えてから自室へと戻って行ってしまった。俺の制服は一度家に戻らないとない。今から戻って学校に行けば遅刻は確定だ。なのに行かなければならないなんと面倒なことだろう。ため息が出そうなのをグッと堪えて居間から出ようとするとまさに鶴の一声だった。
「大神、帰るの大変だから僕の制服使っていいよ」
「マジで?いいの?」
「今日の僕は出られないからね。それに遅刻するよりマシでしょう?」
「助かる、ありがとう」
俺は言われるがままに狐川の制服を借りた。幸いにも教科書はテスト前でなければ持ち帰らない主義のため家にはない。本当に足りなかった制服のみを借りて神月と共に登校をした。




