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稲荷神社の妖達  作者: 朝凪
能力編
69/93

名前を呼ぶ

神月は言った通りに秒殺で終わった。男が引き剥がされたと思うと次の瞬間には兎の首が体を離れてあらぬ方向へ飛んで行った。けれど、神月の刀捌きは一瞬の隙もなく最初に見た舞のように優雅に見えた。


「……うっ」


小さくうめき声が聞こえる。振り返れば狐川が起きあがろうと体を起こそうとしていた。俺は慌てて駆け寄り体を起こすのを手伝う。


「狐川!起きて平気なのか」


「平気じゃないけど、今の状況は?」


俺は狐川にもわかるように目の前の神月の戦闘様子を見せる。といってももうほとんど終わっている。兎は地面に倒れてもうピクリとも動かない。反対に飲み込まれかけたせいか体は体液でベトベトになり咳き込みながら倒れ込んでいた。


「……っごほ!」


そんな男にも無慈悲に刃を突きつける。


「もう終わり、貴方に勝ち目はない。カタクリ」


「な、なぜ僕の名前を」


「貴方の妹、カンナが教えてくれた。だから貴方も終わり」


「お前、カンナを殺したのか!」


「敵地に足を踏み入れた時点でその覚悟は持ち合わせていたはず。何を怒っているの?」


その言い方は確実に相手の逆鱗に触れる。カタクリは顔を真っ赤にして地獄の閻魔が憤怒したような表情にたちまち変わる。そして片手に持っていた手帳に何かを書き記しちぎると地面に紙を叩きつけた。


「堕ちろ!堕ちてしまえ!そのまま地獄の果てまで堕ちろ!」


カタクリが書いた紙には『本巫女、堕つ』と記されていた。このままでは本当に神月は地面の地下深く、あるいは地獄まで落とされてしまう。


「神月!」


思わず名前を叫び手を伸ばす。けれどその行為自体、次の瞬間には無用なものとなった。


「本来の名を取り戻せ、鈴」


瞬間に移動した神月は右肩に手を触れながら、そう先程とは違う鈴という名前を呼びかける。すると体から無数の光が虫籠に閉じ込められていた蝶の如く散らばり始めた。


「まだだ、まだ終わってない」


「もう終わりよ、鈴。あっちで蘭が貴方のことを待っている」


「何を戯言を。俺はもうあいつとは一緒にいられない」


「……最後くらい名前で呼んであげれば。そうすれば迎えに来てくれる」


一方は荒ぶりながら、もう一方は冷静ながらもどこか悲しげに話が噛み合っていないながらも終わりの時は近づいていた。


「あいつの名前なんて呼べるわけないだろう!だって──」


そう言いかけて、パンッと指を鳴らす音が聞こえた。その瞬間、何か場面が変わったかのようにカタクリ。鈴の表情が変わり一筋の涙が頬を伝った。


「……蘭、今行くよ」


そう呟いたかと思うと体がゆっくりと後ろに倒れていき、地面に着く前に光となって全てが消え失せた。一体何が起きたのだろうか。なぜあんなに激怒していたのに何事もなかったように表情すら変わったのか不思議でたまらない。けれど、今それを追求している場合ではない。俺は目を覚さないもう一人の元に駆け寄った。


「夏麻」


肩を叩ければ、苦しながらも声は聞こえる。


「三人とも早く家に戻ろう、四季と冬歩が手当てと食事の準備して待ってる」


そう言われて俺は狐川を支えながら歩き、神月は夏麻をおぶって歩き出した。



***



学校の屋上からでも戦闘中の様子はわかった。近くにいた猫の意識を支配し、安全なところでずっと見ていた。


「手を出して良かったのか?あいつ何にもしなくてもあのまま死んだだろう」


「それだとあの子が悲しんじゃうからいいの」


だから最後に夢見の能力を使って、妹が笑顔で待っている夢を映し出してあげた。先程、あの子がやったのとほとんど同じだ。違いがあるとすればそれは実物か幻想かの違いだけ。


「拍子抜けみたいな感じだった」


「けど仕方ないじゃない、あれ以上することなんてなかったんだから」


「これ以上気づかれてどうするんだよ」


「もういいんだってば、私は私のことを助けてもらいたいだけなんだから。そのために恩は売っとくべきでしょう」


私は屋上の手すりを両手で掴み体をぐーと後ろに伸ばす。


「小賢しい?」


「なんでそこで疑問系になるの」


隣の男は私とは反対に手すりに寄りかかる。


「ま、何があっても俺は自分の主人だけは守り抜くよ」


かっこいいだろうと言わんばかりの表情に少し腹が立つ。冷たい風が頬を撫でて消えていく。もう少しで夢の時間が始まりを告げる。

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