気づきの合図
兎の胸には紛れもなく飲み込まれた男がいた。
どうすればいい。
その迷いの瞬間が戦闘を崩した。兎はその場で一飛びすると、地響きが届いたかと思うとその振動で揺れ動く。バランスを崩してよろけてしまう。それは夏麻も大神も同じだったようだ。
「まーぼ、どうしたの!」
僕が一向に仕留めに行かないことに腹を立てたようだ。
「駄目なんだ。前に神月さんに教わった。主人飲み込んだ使い魔を切り離さずに殺すと主人の怨念があたり一帯に広がって悪霊を呼び寄せるんだ」
「それがどうしたんだよ」
焦りながら聞いてくる大神はまだこのことの重大さを知らない。
「今の僕達で倒せたところで呼び寄せられた悪霊によって飲み込まれて神月さんに殺されるエンドみたい?」
「うわ、見たくねぇ」
「そのためにはあいつを引き剥がしてなんとかバラバラに仕留めなきゃいけないんだ」
「引き剥がすってどうやって?」
注目すべきところを指差しながら説明する。
「飲み込まれる前にそれぞれの四肢についた鎖を切り落とさないといけないんだ」
「飲み込まれる前にってもう若干姿が埋もれ始めるし!」
「とにかく全て埋れてからだと手遅れになる。それだけは阻止するしかない。灼熱せよ、狙い零時距離ふたまる」
兎の体からは異常なほどの湯気があらゆるところから出始めていた。そのおかげで、男の姿が埋もれているのを防いでいる。この隙にと、夏麻も弓を構えて矢をセットする。
「貫通せよ、右手の鎖砕き散れ」
ためにためた矢は放たれることを望んでいたかのように凄まじい勢いで狙い通り右手の鎖を破壊する。その反動で右手はダランと下に下がる。俺にも何か、術式の一つでも使えればこの戦況を変えられるかもしれない。けれど何一つも教わっていない。ならば下手に手出しはせずに二人の援護に回った方がいいだろう。
「我に仇なすものよ。消え散れ」
それは瞬きするなもなく二人が後方へ吹っ飛ばされた。二人とも強い衝撃で木々に当たり夏麻は海老反りになりながら止まった。おそらく二人とも暫くは衝撃で起き上がれないだろう。現状残されたのは今は俺一人。もうやるしかない。成功をイメージする。あの時、神月が俺にかけた術式を。
「傀儡せよ、我が命に従え」
けれど術自体が弱すぎたのか失敗をしたのか兎は動き出した。このままでは全滅で終わる。それではこの稲荷神社だけではなく覡町全体に被害は広がってしまう。何か、何か手立てはないか。
『……』
微かな声が俺の中に入り込んでくる。もう一度耳を澄ます。
『……神』
もう少し、あと少しで全体が聴こえる。
『大神、聞こえてる?力が弱いのかな反応が聞こえない。とにかく、今いるところを教えて』
そこでプツンと音は消えてしまった。そうだ、まだ神月がいる。まずは合流が先決だ。今の俺がやらなきゃいけないことは二つ。この兎の足止めと神月への合図。ならばとその場に片膝をつき思いっきり地面に拳を叩きつけて、地を揺らす。先程よりも大きく強く地は揺れ出した。あとは神月への合図だ。声自体は七時の方向から聞こえてきた。なら落ちている手頃な石を拾い上げて上に投げたタイミングで真っ直ぐと拳を振り出す。これが俺なりの神月への合図だ。




