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稲荷神社の妖達  作者: 朝凪
能力編
65/93

君には任せられない

そう本来の名前をそっと呟くように言う。シレネのものを殺すには二通りしかない、首を切ることそして本人が本来の名前を知ること。しかしながら、神に仕え人である私は人を殺すことは命がある限り禁じられている。そのために後者の名前を本人に伝えて自滅ということで肩をつけるしかない。

カンナ改めて蘭の体は徐々に光の粒のようにどんどんと薄れていく。


「いや、いやだ!まだにぃにと居たい」


泣き叫びながらどんどんと薄れていく。同情はしない。それは相手からすれば屈辱的なことだというのをよく知っているから。けれど最後ぐらい報わせてあげたい。


「……四季、お願い」


「また、なのですね。かしこまりました」


私の記録の中の蘭の兄の姿へと外見を変える。蘭本人もあと数十秒といったところだろう。ならばその最後の瞬間くらい好きな人を見ていたいだろう。


「蘭」


その声色に蘭も驚きこちらを見る。


「にぃに!にぃに、私……」


私の服を引っ張りながら訴えてくる。


「蘭、大丈夫。にぃにも蘭を守りにすぐにいくよ」


「でも、それじゃあにぃにも……」


掴まれていた手をそっと握る。先程の蘭の中にある兄のイメージを崩さぬように言葉にする。


「いいんだ。僕は生まれて出会った時から蘭を最後まで守り抜くことだけが全てだった。その蘭が居なくなってしまっては……」


「それでも……にぃにには生きてほしい」


右手で蘭からこぼれ落ちる涙をそっと拭う。


「蘭、僕はびっくりするほどこの世界に未練はないんだ。だだ、蘭と二人で安寧に過ごしていたかっただけなんだ。だから、今度も僕の妹になってね?」


「私も次もにぃにの妹にしてね?」


そして蘭は骨すらも残ることなく消えてしまった。

来世がどうかなんてわからない。次あるかなんて知らない。とても曖昧で不確かでおぼろげな約束。けれど、それだけで今この瞬間救われるのならいいのではないか。最後の笑みを見てそう思ってしまった。閻魔との取り決めで契約したものは皆地獄行きは確定なのだ。だが、罪を償い許された暁に再び二人が兄妹として。そして望んでいた安寧の生活であることを切に願う。


「雅様、きっと気づかれたかと思います」


四季の言葉でいつもの姿に戻る。


「侵入者は一人ではなく二人か。冬歩探せそう?」


「わからないけど、やってみる!」


冬歩は全方向に視線を向けて探し始める。私も二人の元に行こうと歩を進めると足元に綺麗な帯飾りが落ちていることに気がついた。シレネに出会う前、契約前のものは消えない仕組みになっているためだろう。シレネ曰くその人の生きた証として残すのだそうだ。私はそれを拾い上げるとズボンのポケットに入れた。



***



確かにあった感覚はあった。

拳は男の硬い頭をかち割るような感覚を、地面まで練り込むほどの感覚を。けれど男はよろけることもなくその場に立ち尽くしていた。


「へぇ、こんなので僕を倒せると思ったの?悪いけどこんなのじゃ効かないよ」


俺は腕を掴まれてゴミを捨てるような感覚で投げられるが、ぶつかった木の衝撃は肋骨数本折れてしまったのではないかと思うくらいのものだった。

たす


「無様だね」


そして男の左腕からタラタラと血が流れ落ちてきた。男はパッと兎の方に目をやる。兎の左前足には切られた傷がありそこから血が流れていた。


「そういうことか」


何かに気がついた狐川は俺たちに指示を出す。


「夏麻、大神。二人は男の方を僕は兎をやる」


「了解」


「やれるだけやってみる」


相手にされなくてもいい。ただ気をそらせれば。先程の左腕からの血は兎の左前足に刺さった矢が原因だろう。けれど、兎を集中的に攻撃したところでなんらかの薬を入れられるか本に何かを書いて指示されるかで無意味になってしまう。そのための同時攻撃なのだ。俺と夏麻は訓練の成果か少しだけ前よりもお互いの動きが読めて次どうするかをわかるようになった。先程までは触れることすらできなかったが、自らに結界を張る隙がなくなったため先程よりも弱くあと少しで破れそうなところまできた。

真正面から突っ込み相手が明らかな緊張感を保ち警戒をしている中、上へと飛び上がる。男もそれと同時に俺の方を見上げる。その隙に夏麻が術式を使いながら矢を放つ。矢は見事に結界を破り左肩に命中をする。その後も立て続けに二本。右足と左の脇腹に刺さる。兎からも同じく血が流れた。


「もう君に任せられない」


そんな声が聞こえた。

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