音の聞き分け
注射器により何かを注入された兎は刺さった矢を体内から吹き飛ばし、全身がボディービルダーのように異常に筋肉が発達しだした。
「なにが起きてるんだよ」
「多分、あの注射器に治癒と強化の薬品が混ぜられていたんだと思います」
既に先ほどの攻撃方向とは逆の位置に移動中の夏麻が判断する。
「そうなるとかなり厄介だ。どれだけ兎に攻撃を加えたところで結果としては無傷と同じ、もしくはそれ以上になる」
「ならあっちの男をどうにかすればいいんじゃ……」
「それができたら最初からそうしてるから!」
狐川が投げた石は鉄球となって男の方へと向かう。
そうだ、最初からそうしていれば。
けれどそれが無駄なことはすぐに理解した。鉄球は石に戻り勢いもなくなり男に届く前にその場に落下した。
「……君たちは僕に触れることはできないよ。さ、ぴょん吉終わりにしようか」
そう言うと男は左手に持っていた本から紙を抜き取ると兎の額にそれをくっつけた。すると、不思議なことにその紙は兎の中に取り込まれるように消えてしまった。その途端、兎は声は出ていないものの雄叫びを上げるように暴れだす。
「なにしたんだよ」
完全に正気を失っているように見える。
『わからないけど、来るよ』
夏麻の言葉が合図となったのか、兎は異常なまでの勢いでこちらに突進してくる。そしてその方向は真っ直ぐ直進俺の方。避けるのが遅れた俺は微かに右腕に当たってしまう。
打撲程度で済んでいるといいんだけど。
「狐川!どうする」
「とにかくまずは使いの兎からだな」
狐川は刀を抜くと、左手で持っているゴルフボールくらいの玉を上に投げそれを絶妙なタイミングで真っ二つにする。そこからは黙々とあたり一面が真っ白になる程の煙が湧き上がった。
「けほっ、けほっ。目まで染みてきた。これじゃ敵も味方も見えないじゃん」
せっかくのチャンスを静かに待つしかないのか。その時、十時の方向より音が聞こえた。
(……これじゃあ身動きが取れない。今のうちにこっちも全身強化しとこうかな)
そうしてまた紙を切る音、擦れる音、貼る音。
どうやらこの男の力は兎を操るというよりもあの本の方にあるようだ。
『掴めたか、大神』
これを狙っていたのか、狐川の言葉が頭に入ってくる。
『ばっちりね』
方向と本のことを伝える。
『そうか、じゃあよろしく』
『何を?』
てっきり狐川が仕掛けると思っていたため何をよろしくされたのかわからない。そんなことはお構いなしに狐川は詠唱を始めていた。
「雄風せよ。方向十時、最短速度、最短時間」
俺の体は浮いたかと思うと一瞬にして敵の頭上に落とされる。その勢いを殺さずに落とされる勢いと共に脳天目掛けて殴りかかった。




