結界の崩れ
それからいくらか狐川から話を聞いたが、それ以上のものは無かった。そうしているうちに最終下校時刻ということとなり俺達は校門を後にした。大禍時もすぎて当たりは夜の姿へと変貌したため狐川が家まで送ってくれた。
「悪かったな、いろいろ付き合ってもらって」
「別にいつかは聞かれることだと思ってたからなんともないよ」
それじゃあまたと家に入ろうとした瞬間、何かの危機を知らせるように耳鳴りと頭痛が体全身に駆け巡った。あまりの痛みから立っていられなくなりその場に跪く。
「どうしたんだよ。大神」
「錫さん!」
我を引き戻すように上から声が聞こえ、見上げれば二階から夏麻が身を乗り出していた。おそらく今の俺の状態が夏麻にも伝わったのだろう。夏麻は二階の窓からこちらに飛び降りてきた。
「今すぐ稲荷神社に向かいましょう」
開口一番に夏麻はそう言うと狐川は何かを察したのかわかったとだけ言い二人は俺の両脇を支えながら稲荷神社へと向かった。
***
耳鳴りも頭痛も既に収まってはいるが、俺の中ではまだ意識がぼんやりとしている。警告を促すようなサイレントも言い難い先程のはなんだったのだろうか。そればかりを考えていた。
「まーぼ!見てここ、少しだけだけど結界が壊されてる」
稲荷神社へと続く一つ目の鳥居をくぐろうとしたとき、夏麻が声を上げた。そこには確かに小さく小動物の兎やリスなら通れる暗いのは穴が開いていた。
「本当だ。とにかく簡易的にでも修復しよう」
狐川は俺を夏麻に任せると、胸ポケットから一枚の紙を取り出して壊されていた結界のところに貼り付ける。
「綻び、新たなに結べ」
そうすると壊れた際に出たカケラ達が魔法のように浮き上がり元の形に戻るようにしてくっつき始めた。
「急ごう。結界が壊れてるってことはこのことを神月さんはもう気がついてる。早く落ち合った方がいい」
「そうだね、けれど僕のこと無視はよろしくないな」
俺達三人ではない、第三者の声が背後から聞こえ三人同時に身構える。
そこには右目は癖のある深碧の前髪で隠れ、病人じゃないかと思うほどの青白い肌。猫背で前屈みの様子から更に病人感が増す。藤の色をした着物を着て、左手には一冊の書物が握られていた。
「初めましてだね。早速だけど邪魔だから消えて」
着物の懐に隠していた兎が顔を出し、地面に降り立つと十倍にも体積が膨れ上がり見上げるほどの大きさになる。
「さ、ぴょん吉皆んなに力を見せてあげようか」
その言葉通りに兎は息をひと吸いしたかと思うとそれは炎となってこちら目掛けて吐き出された。
「守護せよ。炎を防ぐ壁となれ」
夏麻が術式を使い盾を作ってくれる。今のところなんとか耐えられているがあまり長くは持ちそうにはない。
「早くなんとかしないと」
「夏麻、合図を出したら結界を外せ。大神お前はそれと同時に殺す気で地面に向かって殴れ」
なんで。なんて聞く暇もなく俺は狐川の合図を待つことにした。狐川は、一歩下がると外せと夏麻に合図を出す。そして夏麻は外れる一瞬の前に白雪の姿に変幻をして掌から凍えるほどの吹雪を吹き荒らす。俺も言われた通り合図と同時に地面を殺す気で殴った。すると地震を起こすように全体に広がり耐えるのがやっとだった。その兎が固まっているうちに夏麻は死角から矢を放つ。それは兎の左の後ろ足に狙ったように刺さっていた。
「ぴょん吉。……君はなぜいつも僕の足を引っ張るんだ」
それを見た男は袖の中から注射器を取り出して躊躇することなく兎に注入させた。




