術式
合図と同時に、俺と夏麻はそれぞれ別れて神月が動ける範囲外へ一目散に走り出す。
夏麻が立てた作戦はこうだ。
まず二人一緒に神月の前へ出る。合図と同時に背を向けぬように走り逃げる。そこから百八十度反対に行き俺と夏麻の場所を変える。ここまでが準備だ。
『準備完了、錫さんしっかり耐えてくださいね』
頭の中に入ってくる音に苦笑しながらも、『夏麻もな』と声を落とさずに伝える。
そして、夏麻の能力発動。
最初は微弱な揺れがだんだん大きくなり立っているのさえ難しい状況になる。俺はその揺れを利用して神月目掛けて木を一本拳でへし折る。
が、倒れはしたものの神月の前で木は倒れる速度が減速し結果として神月に当たることなく地面についた。
これが夏麻が始まる前に話してくれた、術式なのだろう。
「術式?」
「錫さんもかかったことある、やつです」
「いや、わからん」
は?なぜ。と言わんばかりの表情。そこから大きなため息をひとつ。
「全く。説明してあげますよ」
その明らかになんでわからないの感。あれとそれで会話が成立してるの夏麻と冬歩だけだから。
「……つっきーのお葬式の朝のこと覚えてますか?」
「覚えてるよ」
もう一ヶ月も前だ。思い出したくもない日からは二ヶ月も経ってしまっている。
「あの朝、錫さんは行きたくないと駄々をこねました。それなのに会場には制服を着た状態で現れました。なぜですか?」
「なぜって、あの時神月が……」
そうだ、神月はあの日行きたくないと言った俺を無理矢理連れて行った。
「その時、みーやが使ったのが術式と言われるものです。妖巫女関係なく使えるのが術式なんです。そして、みーやは能力を使うことよりも術式を使うことを得意にしている」
「その術式ってのはどうすれば避けられるんだ?」
「方法としては二つ。一つは相殺する術式を使って効力を無効化させる方法。もう一つはかかった術式の解除術を使う方法」
「それだけか?」
どちらも今の俺が使えるものではない。つまり、このままでは俺は避けられずに終わる。
「そう、それだけ。そもそも術式は誰でも使えるからこそ効力自体は強くない」
「だとしても、致命的なんだろう?」
「みーやが術式に対してどう対処していくか。一つの難題」
そう言って頭を悩ませた夏麻のことを思い出す。
俺は再びその場所から去り奥から神月の様子を伺う。そろそろだ。俺と夏麻の連絡が途絶える。今でさえも聞こえる範囲が狭まってきている。
『錫さん、あとは作戦通りお願いしますね』
『夏麻もな』
試合終了まであと三分。
***
夏麻が放つ矢が神月に対して真っ直ぐ向かう。しかし、届く前に神月に交わされるか竹刀で防がれる。俺は面と向かって神月とやりあえる程の実力は毛頭ない。だから、夏麻が作るチャンスを今か今かと耐え凌ぐ。
「これで二十本。そろそろ矢が尽きた頃じゃない?」
避けた矢を見て神月は高揚した顔してそう言う。
ここから先は俺にも知らされていない。俺はただただ夏麻の合図をひたすら待ち続ける。
その合図こそが俺と夏麻の唯一の勝機だ。
「……何もしてこないなら、こっちからも仕掛けるね」
そう言って左右に手を広げ、こう言う。
「朝陽せよ、陽の光に身を焦がせ」
その瞬間自分の方向一直線に光線が飛んでくる。俺は咄嗟に避けるものの完全に避け切ることは出来ず、左腕に受ける。そこは火傷のように一瞬にして赤くなり、ジンジンと痛みを増していく。
これが夏麻が言っていた術式なのだろう。
「……っ!」
神月が放った光は更なる輝きを持ってして神月目掛けて戻ってくる。
「剥奪せよ、我が身の前に消失せよ」
その光は神月の目の前でパタリとなくなり、その筋道だけが焦げていた。
『─────』
頭の中に微かな言葉が入り込んできた。
どうやらそろそろ来るらしい。残り時間も一分半、そろそろこちらから仕掛けていかなければ負けてしまう。俺は届くかどうかわからない声を夏麻に伝えると一歩で神月に届く姿勢を取る。
そして先ほどと同じ方向から同じように光が神月目掛けて突き駆ける。
「剥奪せよ、我が身の前で消失せよ」
先程の会話で夏麻が思い出したかのように術式について教えてくれた。
『術式は自然のものしか使えないですよ、だから──』
神月の術式からは綺麗に光だけが消えて、俺が夏麻に託したナイフだけが神月に襲いかかる。
それを防御するのに竹刀を一振りする。そして背後になることを予測していた方から俺は足に力を込めて飛び出した。
が、その竹刀を降った勢いのまま神月は振り返り俺の顔にハイキックを決め込んだ。それと同時に終了の合図の音が響いた。




